約 2,288,119 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5453.html
さすがのハルヒもめまぐるしい出来事に疲れを見せていたが 俺にはもう1つだけやる事があった 通りがかったタクシーを呼び止め、鶴屋さんの家に向かった 車の中で初めて知ったのだが、もう夜の11時を回っていた ハルヒがうとうとしかけた頃、タクシーは鶴屋邸の前に止まった 俺は代金を払ってハルヒを車から降ろし、悪代官の象徴のような玄関に立った チャイムを鳴らしてしばらく待つと、着物姿の鶴屋さんが出てくれた 「やっほーハルにゃんにキョンくん、ずいぶん遅かったにょろね」 はい、遅くなってしまいました これ何とか見つけましたのでお返しします 俺はハルヒが握っていたオーパーツを鶴屋さんに返した 「ほーっ、探してくれたんだーありがとうねキョンくんっ!」 いえあの、探してたって言うか偶然見つかったって言うか 「まあいいさっ!無事に見つかったんだし、これで一件落着だねっ」 あの鶴屋さん 「なんだい?」 このオーパーツですが、その・・・本当の持ち主が見つかったって言うか どう説明すりゃいいんだろ 鶴屋さんの理解力に賭けるしかないか 「いいさっ、こんなのうっとこに置いといても何の意味もないしね ちゃんと使い道の分かってる人が使ってくれた方がいいからさっ でもこのまま預かっててもいいのかな?」 はいもちろんです そのうち本当の持ち主が取りに来ると思いますから 「委細承知っ!さっ早く上がりなよ!」 いやもう遅いですから、ハルヒも眠そうだし 「おんやーハルにゃん?何だか世界を救ってきたみたいな顔してるねー いい顔だよっ!キョンくんも」 「え?あ、ああ・・・そうね」 「いいから気にせず泊まっていきなよ!部屋も布団もあるし」 本当にいいんですか? 「もっちろんだよっ、ただし部屋は別々なのさ!まだ高校生だからねっ!」 俺も疲れ果てて朦朧としていたので、考える暇もなく鶴屋さんに部屋に案内された 「キョンくんはこっちでハルにゃんはその隣、すぐに布団敷くから それからお風呂は男女別で後で夜食持ってくるからねっ でもその前にちゃんと家に電話しなさいっ あたしは自分の部屋にいるからさ、何かあったら内線の2番に電話するがいいにょろ」 部屋に通された俺はとりあえず家に電話をかけた 突然の俺の外泊に母は怒り狂い、妹は電話の向こうで誰と一緒なのかを必死で叫んでいる 俺は正直に鶴屋邸に泊まる事を申告した すると突然母の態度が変わり、丁寧な口調に変わった ちゃんと敬語で話しなさいとか鶴屋さんに迷惑かけないようにとか やはり鶴屋さん、さすがと言うか何と言うのか いったいどれほどの悪事を働けばこんな名士になれるのか 電話を切ってから風呂に入り、戻るともう布団が敷かれていた ボロ雑巾のようにぐったりと眠りこもうとすると、部屋の襖が開いた 「ちょっとキョン、こっちに夜食が届いてるわよ」 ハルヒの部屋に呼ばれて入り、おにぎりと漬物の軽食をいただいた 風呂上がりのハルヒは鶴屋家の浴衣に着替えており ほんのりピンクに上気したほっぺたが以外とかわいい 2人とも疲れきっているのでほとんど会話もなく、食い終わった俺はおやすみを言って立ち上がった するといきなり浴衣の帯を引っ張られた ハルヒの馬鹿力に引き倒され、俺は布団に崩れ落ちた 何するんだよハルヒ 「・・・・・・」 布団の上に転がされた俺をハルヒの目がじっと見下ろしている それは、俺が初めて見る優しい目だった 「キョン」 ハルヒ・・・・・・ 「・・・・・・しょに・・・て」 はい? 「いっしょに・・・て」 はぁ? 「もう!バカキョン!」 ハルヒは俺の頭に腕を巻きつけ、ヘッドロックで締め上げてくる これだけ疲れてるのにまだ暴れたいのかこのアホゥは 素早くハルヒを振りほどいて抜け出す 身構えているとハルヒがまた優しい目に変わった 小さい頃の母を思い出すような優しい目を俺は見つめ ハルヒが言いたい事をすぐに理解した ハルヒ・・・ 「キョン・・・」 結局用意された俺の布団は使われずしまいだった 翌朝になって飛び込んできた鶴屋さんはすぐに状況を察知して 「うんうん・・・・それでいい、それでいいのさ。世界平和が一番だよっ」 と悟りを開いた僧侶のようにありもしない顎鬚をなで ニコニコしながら朝食を用意してくれた 白いご飯に豆腐の味噌汁、アジの干物にだし巻き、海苔と梅干という 素晴らしきかな和風の朝食を平らげた俺とハルヒは、鶴屋家差し回しの車でそれぞれの自宅に送ってもらった ハルヒは朝からほとんど口を利かかなった ありがたい事に昨日は金曜日、つまり今日と明日は休みだ 俺はこの2日間は全力で眠ることにした さっそくのように妹が昨夜の俺の行動について詳細な報告を求めてくるが 悪いが妹よ、お前が大人になるまでは倫理上話す事はできない すでに妹と変わらないぐらいに大きく成長したシャミセンを抱かせ、俺は部屋のドアを閉めた 階下では母親が大騒ぎしながら鶴屋家に出すお礼状の書体について頭を悩ませている まだ朝の時間帯だし、体は疲れているのに眠気は訪れない 俺は昨日の事をぼんやりと考えていた あの誘拐未遂事件から始まって、空から降ってきたハルヒを助け あの異世界で古泉と朝比奈さんのすさまじい戦いをこの目で見た 復活した長門の超高速攻撃を目の当たりにし、最後に長門の涙も見た そして鶴屋家でのハルヒとの一夜 目を閉じたハルヒの美しい顔 無防備な姿で俺の全てを受け入れてくれたハルヒ 俺の背中にしがみついて爪を立てたハルヒ くそっ なぜここで長門の涙が浮かんでくるんだ あの時長門は二度、涙を見せた 初めはハルヒに頬を叩かれた時 そして二度目は長門の部屋でだ 長門・・・・・・ お前の涙は この俺に向けたものなのか? 肉体再生にエラーが頻発すると言ったのは、俺がハルヒとこうなってしまったからなのか? だとすると長門・・・ もしかしたらお前はやっぱり 俺の事を? ・・・・・・・・・・・・ 「キョンくーん!ごはんだよー!ごっはん!ごっはん!」 うるさい妹に飛び乗られて目が覚めた まさしく世界で一番悪い目覚めだ もし長門ならどんな起こし方をしてくれるだろうか ハルヒだったら・・・・・・いややめておこう 結局土日をずっと眠ったままで過ごした 飯を食う時とトイレ以外、俺はほとんど布団を離れなかった そして日曜の深夜になり、突然携帯が鳴りだした 「やあどうも古泉です ちょっと今から出られませんか?」 俺は深夜の街を自転車で飛ばしていた 古泉からの電話はそう複雑な用件ではなかった 「いろいろ整理するためにお話ししましょう」 ずっと寝ていたので眠気もほとんどなく、あいつらから話も聞きたかったし、朝比奈さんにも会いたかった そしてもちろん、長門の様子も気になっていた いつもの公園、SOS団御用達の変人の集合場所についた すでに古泉と長門が待っていた 長門の傷はもう回復したのか、いつもの水色のセーラー服がなぜか哀愁を感じる 「どうも、お呼び立ていたしまして」 相変わらずニヒルな古泉のスマイルだが、あの時のすさまじい戦闘を目の当たりにしているだけにやけに頼もしく感じてしまうのはなぜだろう? 「お疲れは取れましたか?」 ああおかげさんでな。ずっと寝てたから目が冴えてきたんでちょうど良かった 「実は僕もなんですよ。涼宮さんに帰れと言われてから、ずっと気にはなっていたのですが さすがにもう起き上がる体力はありませんでした ベッドにひっくり返って、さっきまで眠っていました」 お前もすごい活躍だったな。かなり見直したぞ 「それはどうも。まさかあなたからお褒めの言葉をいただけるとはね、恐縮です」 ふん 長門はもういいのか?傷の具合は 「……」 長門はいつものようにゆるゆると首を持ち上げ、またゆるゆると元の状態に戻った この当たり前の反応がとても嬉しくもあり、そして悲しくもある ん?朝比奈さんは? 「朝比奈さんも無事です。さっき電話で確認しました ただちょっと混乱しておられるようなので、この場はご遠慮いただきました」 そうか、無事なら何も言うことはない 「前半戦でもっとも活躍したのは朝比奈さんですからね 彼女には本当に助けられました」 本当か古泉? 「ええ 序盤は防戦一方でしたからね。朝比奈さんの力がなければ僕一人で防ぎきれたかどうか」 どんな風だったんだ? 「まあ初めからゆっくりおさらいしましょう 今回は初めて、SOS団が分断された状態で始まった出来事でしたから あなたと涼宮さんが2人の時の状況と、残された我々の様子を確認していきたいんですよ」 長門がピクリと体を震わせた 相変わらず理論派だなお前は まあいいか俺も知りたい事がたくさんあるしな それから長いお互いの話をした 俺は鶴屋邸に行ってからの話をし、古泉からは長門のマンションから始まる長い話を聞いた 時折り長門に話が振られ、その都度長門は首だけを動かして有音無音の返答をした 「まさか戦う前から分断工作が始まっていたとは思いませんでしたね あなたが単独行動した時点で気付くべきでした 森さんたちがよく反応してくれたものだと思います」 そうだ 森さんの具合はどうなんだ? 「大丈夫ですよ。少々の打撲と転んだ時の擦り傷、そして着弾のショックで肋骨にヒビが入った程度です。彼女は一応独身女性ですから、お嫁に行けなくなるような最悪の事態は免れたと思います」 お前、自分の上司にそんな言い方してもいいのか? 「まあいいでしょう。今回僕はかなり株を上げましたからね 僕がもたらせた情報は今後の大いに参考になると思います」 そう言って古泉は俺の耳元に口を寄せてきた 「実はあの夜、森さんも鶴屋邸に泊まっていました。ひと晩安静にするために。これは秘密にしておきますが」 うへっ って事は 俺とハルヒの一夜が機関には筒抜けになっているのか? 「機関はこれをいい傾向だと考えています と言うよりも機関の全員がとても喜んでいるのですよ」 古泉はそこでチラリと長門を見た 「一部の人たちを除いて、ね」 それ以上言うな古泉 お前を殺さなくてはいけなくなる 「分かりました」 それはいいから、今回の総括をしてくれ 古泉はおもむろに前髪をさらりとかき上げ 「では最初から行きましょう 事件の発端はあの転校生とオーパーツです オーパーツには不思議な力があるようです 何かのエネルギーを貯め込む機能のようなものです 電気エネルギーとか核エネルギーなどというものではなく 目に見えない何かのエネルギーです」 「生体エネルギー…に近いもの。でも少し異なる」 「生体エネルギーですか?」 「そう。言語では概念を説明できない また統合情報思念体にも説明できない不可思議なもの」 「例えて言うと、怒りとかそんなものですか?」 「可能性はある」 なんて物騒なエネルギーだよそれは ハルヒの所にに来なくて本当に良かったな 「なるほどね とにかくそれが鶴屋山に埋まっていました はたして本当に3百年前のものなのか、それは分かりませんが それにあの新入生が引き寄せられてきたのです」 「あの女子は、新入生ではない」 「新入生ではない?」 「そう。彼女は私たちだけにしか見えない存在」 「私たちと言うと?」 「涼宮ハルヒ以下、SOS団のメンバー、及び佐々木率いるチームSOS」 おい長門、その名前はやめようぜ あいつらにSOSの名前はふさわしくない 「……そう」 「まあとにかく、あの新入生がオーパーツを使って、自分の世界の再生に利用しようとしたようです ところがなぜか彼女はSOS団ではなく、佐々木さんの方に話を持ちかけたようです 向こうでどんな話になったのかは分かりませんが、乗り気になったのは周防さんのようですね」 周防ね あの壊れた小さいダンプカーか 「ええ。考えてみればその時からすでに彼女の暴走は始まっていたのかもしれませんね。自ら進んで戦いのエネルギーを放出しようだなんて。これがSOS団に来ていたら、涼宮さんが絶対に阻止していたことでしょうけど」 古泉、お前本気でそう思うのか? 「当然ですよ。まさかあなたからそんな質問が来るとは思えません あなたは涼宮さんがオーパーツを手にしたら、ここぞとばかりに大激怒エネルギーを異世界中にまき散らすとでもお思いですか?」 …… 「とてもあなたとは思えない発言ですね。悲しい事です 涼宮さんを一番よく知るあなたが、冗談でもそんな事を仰るとはね」 分かった分かった そんなに本気で怒るなよ古泉 訂正いたします 「失礼しました。別に本気で怒るつもりもありません オーパーツが先に向こうの手に渡ってしまったことが大きかったですね それと結果論ですが、あなたが鶴屋邸に行く事もなかったのではないかと」 ああ あれは軽率でした 「橘京子の組織はそこまで予想していたのでしょうね オーパーツが紛失すれば鶴屋さんはまずあなたに連絡をとる 責任感の強いあなたは絶対に鶴屋邸に来る 長門さんが動けない状況であなたも閉じ込めてしまえば、戦わずしてもう負けが決まっているようなものです ここはただひたすら、森さんの機転に感謝すべきです」 確かにそれは言えるな まさか銃まで出てくるとは 「銃はあくまで脅しのつもりだったのでしょう あの住宅街で発砲すればそれこそ大騒ぎです 鶴屋家まで巻き込むことになってしまいますから それは重大な規則違反ですからね」 おい古泉 鶴屋さんは橘京子の組織にも絡んでるのか? 「そこは限りなくグレーゾーンです。我々にもはっきりしたことは分からないのです。ただ、鶴屋さんの様子を見る限りはその可能性は高いですね」 俺はひそかに鶴屋さんとの会話を思い出していた 鶴屋さんは面白ければそれでいいと言っていた どっちの味方をするわけでもなく、ただ面白い事をしている人間に金を出して傍観する、そんなのが楽しいんだよとか言ってたっけ 罪な事をしますね、鶴屋さんも 「結局鶴屋家も巻き込む騒動になってしまったのですけどね 怪我の功名というか、事件の後始末は極めてスムーズでした 鶴屋家からも相当な圧力がかかったのでしょう 暴力団同士の小規模な縄張り争いということで、マスコミにもほとんど漏れていません そうしてあなたが脱出していた頃、長門さんのマンションに佐々木さんたちが乗り込んで来ました 藤原氏の時間操作なのか、周防さんの能力か、世界一セキュリティの高い長門さん宅に無断侵入してくるとはね まだその時点では僕もそう焦ってはいませんでした 長門さんが寝ていても、そしてあなたがいなくても こちらにはまだ涼宮さんがいます 涼宮さんがいる限り、本当のピンチにはならないと確信していましたから ですから涼宮さんがどこかに飛ばされたのには心底驚きましたよ しかも我々も異世界に移動している 眠っている長門さんと、慌てる朝比奈さんをどうしようか、かなり焦りましたね」 まさに分断工作だな 実にややこしい事をしてくれたもんだ 「ええ あなたから話を聞くまでは、どうしてこうも複雑な過程なのかと頭を悩ませました 序盤は全く厳しい戦いでした 朝比奈さんは泣きそうになっているし、長門さんは起きないし 正直僕一人でどこまで防げるのか、全く自信がありませんでした」 「……ひたすら申し訳ない」 「長門さんを責めるつもりはありませんよ 予想しても防げるものではありませんから まさかこれほど複雑な作戦になっているとは 誰も予想できませんでしたからね」 おいちょっと待て古泉 だからと言って何で戦闘になったんだ? ハルヒも言ってただろう? クールなお前が率先して戦い出すなんて 俺にも信じられないぞ 「これは言い訳にまってしまいますが、どうしようもありませんでした 問答無用で周防九曜が攻撃を仕掛けてきたからです 朝比奈さんの裏技がなかったら、朝倉涼子の登場まで持ちこたえられたかどうか」 その朝比奈さんの裏技も解説してくれ 「あの異世界に呼び寄せられてから、僕の能力が発揮できるようになりました つまりあそこも閉鎖空間に近いものがあったのでしょう 朝比奈さんも同様です TPDDの使用制限が解除され、彼女は自由に行動できるようになりました あなたはきっと喜ぶと思いますが、朝比奈さんの活躍は素晴らしいものでした 周防九曜の攻撃が当たる寸前に時間移動を発動して、光線が通過した後にまた元に戻します。それを1秒間に何度も繰り返すのですから、もう奇跡としか思えませんね。藤原氏が漏らしていたのですが、TPDDをあのような戦闘に使用したのはおそらく朝比奈さんが世界で初めてではないかと かくいう僕も何度も時間移動しました 160回目ぐらいまでは数えていたのですが、それからはもう」 お前も余裕があるというのか暇だというのか、ご丁寧なヤツだ 「それを朝比奈さんは長門さんにも自分自身にも発動していたのですから おそらくあの時間だけで千回以上は繰り返していたのではないかと」 俺は朝比奈さんが活躍するシーンを思い浮かべてニヤついていた 「ふぇっ!」とか「わたたっ!」とか叫びながら、必死でこいつらを守っていたのか SOS団専属、いや俺専用の癒しマスコットがそんな活躍をしていたとは 「顔が蒸しすぎた蒸しパンみたいになってますよ」 古泉に言われて慌てて顔を引き締める 何だかこいつもハルヒ流の比喩が使えるようになってきたな 気のせいか、長門の視線までもが冷たく感じるのはなぜだ ん?ちょっと待てよ古泉 朝比奈さんは最後に7億年前に遡ってきたと言わなかったか? 確か4年前より昔には行けないって言ってなかったか? 「僕はそんなものは初めから信用いてはいませんよ 誰が朝比奈みくるの仮説を証明できますか?」 そうか、お前らは一応敵同士でもあるんだな 「別に敵というわけではありませんよ。ただその件に関しては意見を異にしているというだけで 彼女は最初からもっと過去に遡行できたのかもしれませんし、涼宮さんの力が働いたのかもしれません それに出発したのがあの異世界ですから、もしかしたら次元断層を通らずに遡行できたのかもしれません」 ふん、どうとでも都合よく解釈できるってわけか。まさにハルヒさまさまだな 「その件に関しては同行した藤原氏も認めているのですから 間違いなく7億年前に行ったのだと解釈してよろしいんじゃないでしょうか」 まあいいけど、ちゃんと戻って来れたんだからな 「では話を元に戻しましょう その頃あなたは涼宮さんと合流した これが敵の最初の大誤算でしたね」 ああびっくりしたよ全く ハルヒが空から降ってきたんだからな 「あなたを戦闘圏外に拉致し、涼宮さんをあの場から放り出せば向こうは一気に有利になります。まさに森さんに感謝すべきですね」 はいはい くれぐれも森さんや新川さん、多丸兄弟によろしく 「そこでついにジョン・スミス発動ですね」 いや本当はもう少し先延ばしにしたかったんだけどな 佐々木まで出てきたんで仕方がなかった ハルヒにはできないとか脳なしだとか言われて さすがのハルヒが凹んじまったからな 元気を出させるために仕方なくそうした 「すんなり言えたのですか?涼宮さんはすぐに納得したのですか?」 そこはちょっと禁則にしてくれ古泉 いろいろあったからな 突然物が言えなくなったりした 「したんですか?あの時のあれを?」 古泉、頼む 今は言いたくない 「長門さんの前では、でしょう?」 ……禁則だ 「分かりました。それは置いておきましょう 朝倉涼子を呼び出したのは涼宮さんですね?」 それは間違いないと思う 朝倉が自分でそう言ったんだろう? 「ええ、確かに彼女がそう言いました あの時まだ長門さんは封印されていました そして涼宮さんは、朝倉さんとあなたの間にあった事は知らないはずです かくいう僕や朝比奈さんも、朝倉涼子の事はほとんど知りませんからね 涼宮さんはなぜ朝倉さんを呼び出せたのでしょうか?」 おい古泉 お前の誘導尋問にはほとほと飽きた いいからさっさと続けろ 「つまり涼宮さんはあなたの思考を読み取ったのだと思いますよ 手の届かない異世界で、情報統合御思念体すら存在しない世界で 長門さんが動けない状態で周防九曜と互角に戦える存在 あなたの潜在意識のどこかに朝倉涼子の存在を感じたのでしょう 涼宮さんは絶体絶命のピンチの時にあなたを頼っていたのです まさに僕の分析通りでしょう?」」 俺は無意識に古泉の胸ぐらを掴んでいた やめろ古泉 ここでその話をするな 少なくとも、長門の前ではやめろ 「本当にそれでいいのですか?」 古泉が俺の手首を掴んでいた 振りほどこうとしたが無理だった 古泉は盤石の力で、俺を押さえていた 「あなたは少し、自分中心に物事を考え過ぎです それでは悪い状態の時の涼宮さんと同じではないのですか? 全ての人間が、全ての女性が自分を中心に行動しているとでも?」 初めて見る古泉の剣幕に、俺はちょっとひるんでしまった 古泉の目は本気だった ケンカならいつでも受けて立ちますよ そう訴えかける古泉に無謀にも戦いを挑むほど、俺の戦闘経験値は高くはない いや、人生円満が信条だった俺にケンカの経験などあるはずがない 俺が手を放すと、古泉はニヤリと微笑して胸元を整えた 「まあいいでしょう。話を続けます 朝倉涼子の出現で再び戦局が変わりました 実はこの時もかなりのピンチでした 朝比奈さんの裏技を藤原氏が察知してからはね 彼は先を読んで時間移動し、朝比奈さんを混乱させました 藤原氏と周防九曜の間にコミュニケーションがとれていれば、かなりの難敵だったでしょう。つまり、あらかじめ攻撃する相手を決めてから藤原氏が時間移動させる。そして元に戻った直後、朝比奈さんが反応する前に攻撃をかけたら、こっちはお手上げです。守ろうにも相手がいないのですから 僕の能力もあの世界ではかなりパワーアップしていました 周防さんの矢が何本か刺さりましたが、不思議とダメージはありませんでした 朝比奈さんにも何度か命中したように見えたのですが、不思議ですね。彼女が傷ついていたようには思えませんでしかたら」 それはあれだよ古泉くん 朝比奈さんのあの癒しオーラはどんな攻撃も受け付けないって事だ 「ほらまた 長門さんに言いつけますよ」 ぐっ すまん古泉 長門がむっくりと首をもたげ、宙の一点を見つめていた 「朝倉涼子は長門さんを守りながら攻撃もしていました 1年前のあなたの気持が少し分かったような気がしますね 同じTFEI端末でも長門さんとはまるで違っていました やはり彼女は戦う事を楽しんでいるようにも見えましたから 今回の敵でなくて良かったと思いますよ しかし敵もさるものです 周防九曜は第2形態に移行しました それまでは指先から小さな光線を放つだけだったのですが ここに来て髪の毛で槍を作るという攻撃に切り替えてきました その槍が何本も同時に飛んでくるのですから 朝倉涼子の登場で数の上では同等になりましたが、それでも攻勢に転じることはできませんでした 僕は橘京子の相手に精一杯で、朝比奈さんは相変わらず朝比奈さんでした その時あなたは何をしていたのですか?」 ああその頃はたぶん パズルを解いてた 「パズル?」 パズルっていうかクイズだな 算数クイズ そうそう長門さん 俺に問題出す時はこれからは文系問題でお願いしたいのだが おかげで俺はハルヒに説教される始末だったんだぞ 相変わらず宙の一点を見つめていた長門は、UFOキャッチャーのクレーンのようにゆっくりと首を回転させ、ゆっくりと視線を上げた 「……検討する」 「それはもしかして、長門さんが作った鍵だったのですか?」 そうだろ長門? お前が残してくれた抜け道なんだよな 「そう。あなたの知能に合わせてレベルを考慮したつもり」 やれやれ それはどうも痛み入ります ハルヒはすぐに分かって嬉しそうにしてたけどな 俺がなかなか分からないからイライラしてた 何度も頭ペチペチ叩かれて、まだ分からないのかこのバカってな 「こちらが大変な時に、仲むつまじくて結構ですね」 すまん古泉 言い訳のしようがない 「問題を教えてもらえませんか?」 額縁の枠に数字がずらずら書いてあった その数字を読んで、額縁を正しい向きに直すって問題だ 俺は一応あの問題は自力で解けたので、胸を張って古泉に報告した 「それだけですか?」 ああそうだよ古泉くん 「そんな簡単な問題ですか?」 えっ? 「それは小学校低学年レベルでしょう 誰だって3141529の数字を見ればすぐに理解しますよ」 そっそうか? 俺は長門の顔を見た 思いついた時ぐらいしか瞬きをしない長門の目が、俺を蔑んでるような気がした 「………」 まあいいや古泉 話を続けよう 「はいはい 我々は防戦一方でした あなたと涼宮さんが時空の壁を越えてきた事にも気付きませんでした いつあの世界にきたのですか?」 たぶんそれぐらいの時だと思うぞ 俺たちが行った時はもう朝倉がいた お前は赤い光になっていて、朝比奈さんはチカチカ点滅していた 「それは、激しすぎるタイムトラベルのせいでそう見えたのでしょう」 長門はまだ寝ていた 「……」 ハルヒが突入しようとしてバリヤーに体当たりして鼻を思いっきり打った それで手でこじ開けようとしてる時にまた佐々木が現れた 「手で開けたんですか?」 ああハルヒのバカ力だ 封印されてた長門のマンションのバリヤーもハルヒが手でこじ開けた 「実に涼宮さんらしい問題の解決方法ですね」 だけどあっちのバリヤーはそうはいかなかった 佐々木はハルヒに変な霧みたいなのを吹きかけて、ハルヒを無力にさせた 「佐々木さんにそんな能力があったのですか?」 それを俺に聞くな古泉 こっちが聞きたいぐらいなんだからな 「最初に飛び込んできたのはあなた1人でしたね どうやって入ってきたのですか?」 えっと…確か…… 閉じ込められたハルヒがふにゃふにゃ言い出してどうしようもなかったから とりあえず俺が突入した 「全然説明になってませんね。また何かあったのでしょう?」 やれやれ全く 霧みたいなのに包まれて動けなくなったハルヒは、自分の力の無さに悲しんでいた。今まで何も気付かずにごめんとか、助けに行けなくてごめんねとか ぶつぶつ言ってたから俺が突っ込んだ 「もう少し詳しくお願いします」 うるさいな古泉 「僕の詮索好きはとうにご存じのはずです 話せる範囲で構いませんから、お願いします」 ハルヒがそう言って泣き出したんだよ 長門の事も、朝比奈さんの事も、そして古泉、お前たちを助けに行けなくてごめんって、そう言って涙を流していた 「涼宮さんがですか?僕たちのためにそこまで?」 ああそうだよ 鶴屋さんにも森さんにも言われた ハルヒはああ見えてもそんな女なんだ 自分で全ての責任引っかぶってメソメソ泣いてる あんなハルヒは正直見たくなかったね 「そうだったんですか…涼宮さんが…」 古泉はそうつぶやいてそっと目頭を押さえた 塑像のように動かなかった長門すら、前髪を直すふりをして目元に手を当てた 「それであなたは逆上してしまったんですね」 逆上とか言うな古泉 「その先は十分すぎるほど想像できますね めったに見れない涼宮さんの涙を見たあなたは逆上して、佐々木さんに襲いかかった。しかしあっさりとかわされて勢い余ってこちらに突入した」 くっ 言いたくないけどその通りだ 「それだけで通り抜けられるほど弱いバリアーだったとも思えませんけどね 涼宮さんにはできなくてあなたにはできた それももしかすると涼宮さんの力かもしれませんね 自分はできないけど、あなたにならできる。そんな涼宮さんの思いがあなたにバリヤーを通過させた」 ふん 何でも適当に言ってくれ 「後は僕たちも見た世界ですから、飛ばして行きましょう 突入してきたあなたにすぐに周防九曜が反応した 襲いかかる槍にあなたは対処できない」 ああ 悪い事をしちまったぜ まさかあそこで朝倉に助けられるとは思わなかったよ 「朝倉涼子と何か話はしましたか?」 えっと、ごめんねとか、自分の事を悪い思い出にしないでほしいとか言ってた 「あなたはそれを許したのですか?」 許すも許さないも、もう1年も前の話だ それに俺の命を救ってくれたのだから、もうそれでいいだろう 「長門さん?」 「…?」 「朝倉さんとは今も連絡は取れるのですか?」 「……取れていない。あれ以来」 「あれ以来と言うのは1年前からと言うことですか?」 「違う。金曜日の夜以来」 「ほう…これは非常に興味深い」 何が興味深いんだよ古泉 また何かたくらんでるのか? 「いえ、そんな事はありませんよ」 その時突然、ぼんやりした目を宙にさまよわせていた長門が バネ仕掛けのおもちゃのように急に俺に視線を向けた 「……忘れないで」 ああもちろんだとも長門 あいつに助けてもらった恩はずっと忘れない そして・・・お前に助けてもらった事も 「違う。そういう意味ではない」 え? じゃあどういう意味だ長門? 「それは……禁則事項です」 長門が実に珍しく、ボディアクションまでした まさに朝比奈さんの真似をするような動きで、軽く自分の唇に触れ、そして不器用に片目をつぶった 長門?それはいったい? 「いずれ分かる」 古泉がコホンと空咳をした 「さ、さて、話を続けましょうか。そろそろ終盤です 朝倉涼子は消滅しましたが、あなたは無事です オーパーツを持ったあなたに再び周防さんの槍が襲いかかります そして…」 「……」 そこで長門が背筋をピンと伸ばした 胸を張るように、その薄い胸板を突き出している 「……お待たせして申し訳なかった」 「不謹慎ですが、団長がいないので思い切って告白します 長門さんが眠りから覚めた時点で、我々は勝ったと思いましたね。僕らしくない事ですが まだあの時は涼宮さんは登場していませんでしたが、明らかに涼宮さんの力の影響は感じていました。すぐ近くまで来ているのだと確信しました ここからは攻勢だと思ったら、長門さんはバリヤーを強引に突き破って涼宮さんをこちらに引きずり込みました。まさに涼宮さん流です 長門さん?」 「…?」 「眠っていた時の記憶はありますか?」 「ほとんどない」 「少しは?」 「ある」 「目覚めた時に何かを感じましたか?」 「いろいろ」 「それはもしかして、怒りという感情だったのではないですか? 長い時間眠らされていた相手に対する怒りとか?」 「……」 おい古泉 もうやめてやれ 長門の感情を操作しようとするな とにかく目覚めてくれて、助けてくれたんだからそれでいいじゃないか 「もちろんですよ 長門さん、失礼な発言をしてしまいました。お詫びします ただあの強引な涼宮さんの引っ張り方がちょっと不思議だったもので」 「…別にいい」 「これでついにSOS団全員が登場したというわけです それまでは実に厳しい戦いでした モンスターからの先制攻撃でいきなりマホトーンとバシルーラを同時にかけられたようなものですからね」 その例えは実にナイスだぜ古泉 ついでに甘い息と馬車の扉閉めと しかもパーティーに残ったのは盗賊と遊び人だけだ。いやせめて踊り子にしておこうか 「まあいいじゃないですか それにしても最後の涼宮さんの行動には意表を突かれましたね まさか叩かれるとは思いませんでした あなたは涼宮さんが力を自覚して、最初に何をすると思いましたか?」 そうだよそれそれ まさかハルヒが全員を叩くとはな 俺なんか2回もグーで殴られたぞ ハルヒが登場した時、あいつは間違いなく怒りのオーラに満ち溢れていた 俺が今まで見たことないぐらい、怒髪天を衝くってやつだったからな それがいきなり『やめなさい』だったからな 「ええ 僕も一番それを恐れていました その時はもうあなたがジョン・スミスをもう発動していると思っていましたので 開口一番世界を作り直すのではないかと、まさかそこまではしないとも思いましたが あんな結末になるとはね」 ああ あの時は確かに思った さすがは俺たちのSOS団団長だってな 「全くその通りですね 団長の面目躍如です 結局周防九曜と朝倉涼子は除いて、誰1人欠けることなく全員が戻って来れたのですから」 あの新入生もな 「…あの子は帰ってくる」 そうか、そう言ってたな長門 「……」 その時の長門の沈黙の理由は、後で知ることになるのだが それはまた別の話 「長門さん?」 「…?」 「周防九曜の事についてもう少し説明していただけませんか?」 「周防九曜は限りなく異質な存在。我々にも理解できない 天蓋領域がなぜあのようなインターフェイスを送ってきたのかさえ不明 ただし、周防九曜には致命的なエラーがあった」 「エラーですか?」 「そう。周防九曜と天蓋領域の間には永続的な接触手段が存在していない 私や朝倉涼子は常に情報統合思念体と接続している 何らかのアクシデントで仮に接続が断たれた場合のみ 私たちは自分の判断で行動する。でもこれは極めて例外 可及的速やかに情報統合思念体との再コンタクトが要求される でも周防九曜は別 初めに存在条件だけを入力された周防九曜は 全て自分の判断で行動していたものと思われる その間に蓄積された知的経験値やエラーの概要などは天蓋領域には全く伝わっておらず 分析もできなければ修正を施す事もできない 周防九曜はそうして暴走を始めたものと思われる」 すまん長門 覚悟はしていたんだけどやっぱり理解できん 「つまり言いかえるとこういうことですね 現代のGPSと昔の慣性航法の違いのようなものですね?」 おい古泉 お前分かって言ってんのか? 「あなた用に分かりやすく言い換えてるんですよ こういう事です 現在の航空機や船舶その他の交通機関はほとんど全てGPSを使用しています この地球上で自分の位置を知るために衛星からの信号を受信します その位置情報は常に更新されており、誰でも最新の現在位置を知ることができます それが発明されるまではどのような仕組みだったかご存知ですか?」 ああそれは 確か星を見て角度を測って 「それは天測航法ですよ いつの時代の話をしているのですか? それまではジャイロ原理を利用した慣性航法を使用していました 出発前に現在位置を掌握してその情報を入力し、後は移動するたびにジャイロが加速度を検出して現在位置を予想していきます しかしこれはあくまで予想ですから、実際の現在位置とはある程度のずれが出ます 陸上を移動する交通手段とは違って船や航空機ではそれは大きな問題になりました 目的地と実際に到着する場所が数百kmも離れていたなんて、初期の頃にはしょっちゅうあった出来事です つまり周防九曜にインプットされた情報は最初に入力されていたもののみで、長門さんや朝倉さんのように常時アップデートができない環境に置かれていた彼女は、実際のデータと照合してくれる対象がなく、その結果エラーを誘発してしまい、当初の目的の行動にたどり着けなくなってしまったと、こんな感じですか?」 「…かなり近い…補足説明に感謝する」 このあたりで気付くべきだったのかもしれない 俺に対する長門の反応と古泉に対するものが 若干の変化の兆しを見せ始めている事に 「となると天蓋領域もそのままで終わるとは思えませんね長門さん 今回の失敗で学習して、次からはアップデート可能なインターフェイスを用意してくるとか」 「可能性はある」 「対処はできますか?」 「できる。必ずする」 長門 もうちょっと教えてくれ 周防九曜とあの新入生はどうなったんだ? ついでに朝倉涼子も それからあの世界はいったい何だったんだ? 「あの異世界はこちらからは観測不能。実際に存在するものなのかも確認できない 情報統合思念体も困惑している わたしからの誤情報ではないかと懸念している」 だけど朝倉も実際あそこにいたんだし 「あの異世界にいた朝倉涼子と情報統合思念体にいた朝倉涼子は別物 混同はできない」 でも俺を襲った記憶はちゃんと持っていたぞ 「それに関しては涼宮ハルヒの行動を解析するしか方法はない つまり不可能 朝倉涼子がどうなったのかは現在でも不明 この時間平面にも存在していない」 ということはハルヒに呼び出されるまでは存在していたのか? 情報統合思念体の中で? 「そう」 つまり故郷に帰ってたってことだな? 「そう……でもあなたの気分を害すると思ったので報告しなかった」 俺に気を使ってくれたのか 小さな頭がコクリとうなずく 「朝倉涼子は消滅してはいない。私はそう信じる」 またひょっこり情報統合思念体に帰ってくると 「…………」 長門の沈黙はいつもより長く続いた 俺は話題を変えた方がいいと思った じゃ、じゃああの新入生と周防九曜は? 「新入生はまだあの世界にいる。しかし彼女は困惑している 涼宮ハルヒはオーパーツを彼女に渡すべきだった しかし涼宮ハルヒがそれを持って帰ってきてしまったので 彼女は自分の世界を再生する事ができず また自力ではこの世界に来ることができない あの時の涼宮ハルヒの行動は全く意味不明 分かりやすく言うと、ただの新入生いじめ」 長門にしては分かりやすい比喩表現だが ということは向こうで周防と一緒に暮らしている可能性もあるっていう事か? 「その可能性はない。周防九曜は消滅した」 消滅? 「そう。暴走した周防九曜は非常に危険な存在。だから私が殺した」 長門さん、良い子も見てる可能性がありますから あまり暴力的な表現は自粛しましょうね 「私が息の根を止めた」 おい長門 「首をへし折って殺した」 …… 「いかなる高度な生命体でも、たとえ人工生命体であっても、情報の処理器官である脳との伝達器官を遮断されると生命維持機能は停止する。それはわたしも同じ。 周防九曜を生かしたまま、あの場所に放置するわけにはいかなかった だから首をへし折って息の根を止めた あの場所では天蓋領域が情報を回収することもできない よって、周防九曜は完全に消滅した」 俺はその時、長門がとてもダークな存在に見えた 古泉までもが口をパクパクさせている 長門・・・ お前もしかして…やっぱり怒ってたのか? 「……私にも……少しぐらいのプライドはある」 分かったぞ長門 何か言われたんだなあいつに 「………そう」 それは…やっぱり禁則なんだろうな 「その通り」 分かりました 長門が怒ったシーンは今までに何度か見たことはある しかし、普段面倒がって言葉にする事の少ない長門がこれほどまでに口汚く罵るとは、周防九曜はいったい何を言って長門をここまで怒らせたのだろうか いつか長門さんのご機嫌が最高にいい時があれば、後学のためにぜひご教授願いたいものだ かなり長い間話しているうちにもう空がうっすら明るくなっていた やばいなこれは せっかくたっぷり眠ったのにこれじゃまた寝不足だ 少しでも寝ておかないと 話も終わりが見えてきたので俺は立ち上がった じゃあな古泉 「ご苦労様でした 長々とお引き止めして申し訳ないです」 いいってことよ いろいろ聞けてよかった 「こちらこそ。涼宮さんがどれだけ僕たちの事を真剣に考えていて下さっていたのかが分かりましたから。ちょっと涙ぐんでしまいました」 それはよかった 長門・・・いろいろありがとう また命を助けてもらったな 「こちらこそ面倒をかけた」 えっと、その…… 済まなかった 「……さようなら」 長門… 「…わたしは大丈夫」 そうか じゃあまた明日、っていうか今日か また部室でな 俺は古泉と長門に別れを告げ、自転車にまたがった ひんやりした夜の空気が顔の前を流れて過ぎていく 自分の取った行動に後悔なんかはしていないけど 長門の寂しそうな表情をこれ以上見ていられなかった でももう一言だけ、言いたい言葉があった さようならの意味が知りたかった [[リンク名 涼宮ハルヒの共学 5]] その5に続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/262.html
「ねぇ、キョン。駆け落ちしよっか?」 朝っぱらから物思いに耽っていると思ったら・・・何を言い出すんだ、コイツは。 ”駆け落ち”なんていう言葉は、お互いを愛し合っているが結ばれない運命にある二人がその運命を打ち破るためにだな。 「あたしとさ、樹海に行かない?」 しかも、死ぬこと前提でかよ。 頬杖つきながら、ぼーっとした顔で空を眺めんでくれ。 俺はいつも馬鹿みたいにテンション高いお前しか知らんのだ。 そんな違う一面を見せられたら、したくなくても『なぜか』動揺してしまう。 「ねぇ、聞いてるの?」 頬杖を止めてこちらを向いたハルヒの眉がキリキリと上がる。 これでこそ、俺の知っているハルヒだ。 論理的な思考型な俺は、理由を聞いてから何事にも答えるようにしているが、 ハルヒは突飛なことを言う割りにその理由を聞かれると不機嫌になるし、答えようとはしない。 『駆け落ちしよっか?』って言った理由をハルヒに聞くのはナンセンスだ。 …だが、聞いてしまう。 だって、それが俺の思考パターンだからだ。 「聞いてたけど、どうしてまた駆け落ちなんだ?・・・その前にどうして俺なんだ?」 こいつはいつも主語と述語が抜ける。そして、その経緯、説明もない。 まるで”私の思考はアンタには伝わってるから、説明しなくてもいいのよ”みたいな。 あいにく俺は、古泉みたいに超能力者でもないから相手の思考を読み取ったりできない。 …ってアイツは閉鎖空間の中でしか能力使えなかったか。 例えにもならないとは、本当に使えない奴だ。 「キョンなら、着いてきてくれると思ったの!」 恥ずかしそうに目線を外す・・・普通の女の子っぽい仕草も出来たんだな。 って、どうして俺なら着いてきてくれるなんて思ったんだ? 俺の思考を読み取ったかのようにハルヒが続けて口を開いた。 「だって、アタシのいう事素直に聞いてくれるんだもん。だから」 ちょっと待て。この際、俺の長所・性格・人物像は関係なしかよ。 どうみても、ハルヒの主観イメージだけじゃねぇか・・・ しかし、俺が安易に否定すればハルヒはまた不機嫌になるだろう。 古泉・長門・朝比奈さん(大)は口を揃えて、その事を忠告したけど、俺には関係ないし、 どうするかはハルヒ次第なのだから・・・ごく平凡一般の俺がとやかく言っても仕方がない。 まぁ、古泉の言っていたハルヒの言葉をできるだけ尊重するようにしてやんわりと話を流してみるか。 「お前がどうして『駆け落ち』だとか、『樹海に行きたい』とか言ったか分からんが、そんな事しなくても俺は3年間お前にこきつかわれる運命だ」 「いつ、何処で、何時、何分、何秒にアタシがアンタをコキ使いたいって言ったのよ!」 「お前の俺への態度を見たら、誰が見ても奴隷とご主人様みたいな関係に見えるぜ?」 ハルヒが何か言おうとしたので、トドメの一撃を刺しておこうと思う。 「でも、別にお前に使われるのは嫌いじゃない」 ちょっとでも、恥ずかしい台詞を言われるとあたふたして、柄にもなく論理的に否定したり、話変えたりするから この戦法はかなり有効なのだ。・・・しかも、実証済み。 すると、暫くハルヒは何か考え込んだ後、パチンと手を合わせて、俺を指差した。 「決めたっ!アタシに使われるのが好きなら、高校3年間と言わずその後も使ってあげるわ」 「・・・なーんて、事があったんだよ」 部室にて、古泉と将棋を指しながら今日の昼休みにあった事を話した。 …というか、どうしてコイツは手数掛かるのに穴熊作ろうとしてんだ?その間に攻め込まれたら終わりなのに。 「キョン君はまた仕出かしましたね」 なんて、真剣な台詞をにこやかに言う古泉。 続けて「僕のバイトもずっと続きそうですねぇ」なんて言いながら、ため息つきやがって。 「どういうことだよ?俺がなんかやったか?」 俺が質問を投げかけると、古泉は鼻の頭を撫でながらこう言った。 「涼宮さんは新たに思い込んでしまいました・・・いや、決意したと言ったところでしょう。彼女は言ったのでしょう? 『高校3年間と言わずその後も使ってあげるわ』と。その意味は分かりますか?その後とは彼女にとってどれぐらいの期間なんでしょうねぇ。 その言葉を推理して、最も現実的で実現可能な事となると・・・」 「なんだよ」 「キョン君。結婚式には呼んでくださいね。・・・あと、あなたは主夫に向いてますよ」 古泉がまたアホな事を言い出した。 こいつは、推理してるとき自分に酔っているんじゃないかと思うことがある。 推理に気を取られて、将棋がおざなりになっているのはコイツらしい。 「王手・・・はい、どうやっても詰みな。しかし、お前の例えはよく分からん」 「はは、負けちゃいましたね」 自分が負けたのにニコニコとしているのもコイツらしい。 さて、と。ハルヒが朝比奈さんの写真撮影を終えて帰ってくる前に、このフラッシュメモリにmikuruフォルダを移動させておくか。 将棋の片付けをしている古泉がポツリとこう言った。 「あなたは、涼宮さんにプロポーズしてOKされたんですよ。順序から言うと、涼宮さんがプロポーズして、あなたがOKしたというか」 なんて言いながら、クスクス笑う古泉。 今のお前相当キモイ悪いぞ。 fin
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5840.html
涼宮ハルヒという正体不明の謎にまみれた不思議な存在に出会ってしまった俺はたいてのことでは驚かない。 たとえ、目の前に宇宙人、未来人、超能力者が現れようとも奴らとの接触にあっさり順応できる自信はある。 と言うか、現実に順応してしまっているわけだが。 妙な空間に放り込まれようが終わりが来ない夏休みに突入しようが人の目からレーザーや超振動砲が発射されようが朝、目が覚めたらいきなり世界が変わっていようが気がついたら雪山に遭難していようがもう俺はパニックになることはないだろうぜ。 あとはそうだな。 異世界人と出会ったとしても大丈夫なような気は漠然としてる。 いったいこいつにできないことは何なんだ?と思ってしまう長門が俺に相談を持ちかけて来たとしても応じてやれることだろう。と言うか是が非でも応じてやりたい気分だ。 また、ハルヒが妙にしおらしく内気な女の子になったところで何か悪巧しているか、タチの悪い冗談かのどちらかであることを見破れるであろうことは間違いなしだ。 まあ、とどのつまり、今の俺はちょっとやそっとのことで動じてしまうほど軟じゃないってことさ。 しかしだな。 じゃあその未知との遭遇が三ついっぺんに俺に降りかかってしまったら? さすがにそんなことに対する耐性は持ち合わせてなかったね―― 涼宮ハルヒの遭遇Ⅰ 「ええっと……長門さん、もう一度言ってくれますか……?」 もうすぐ初夏の香りがしてきそうなとある日の昼休み。 午前最後の授業の終業チャイムと同時にいきなり長門からの携帯メールで呼び出されて、後ろにいたハルヒには家から電話がかかってきたと嘘をついて文芸部室にやってきたわけだが、俺はまったく想像していなかった出来事から現実逃避したくなったのか、おどおどしながら俺にくっついているそいつから目を逸らして問いかける。 対する長門は淡々と、 「ここにいる涼宮ハルヒは異次元同位体。我々とはまた別の並行世界から迷い込んでしまった存在。よって、あなたの力を借りたい。なぜならあなたは何度か別世界からこの世界への帰還を果たしている。その時の経験をわたしは望んでいる」 面倒くさがることなく、まったく同じ説明をしてくれました。 と言う訳だ。 異世界人と遭遇しようが長門に相談を持ちかけられようがハルヒが急に内気になろうが一つ一つであれば対応できる自信はあっても三つ同時に起こってしまったんで頭の中が固まってしまったんだ。冒頭のように今一度自分のことを見つめ直してしまうほどな。 で、今、長門が言ったハルヒなんだが…… 最初は長門の腕に縋っていたってのに、俺がこの文芸部室の扉を開けて俺を見止めた途端、去年の五月、俺とハルヒが元の世界に戻ってきたときに再会した朝比奈さんよろしく泣きながら俺にしがみついてきたのである。 んで俺を未だに離そうともしない。 これはいったいどういう冗談なんだ? しかし長門が冗談を言うはずもなく、とすれば間違いなく今、俺にしがみついているのは、いつか来るだろうと思っていた異世界人の登場で並行異世界(パラレルワールド)の涼宮ハルヒってことになる。 何なんだこれは? もうちょっと何つうか…… 長門や朝比奈さんや古泉のように、ハルヒが引き摺りこんだ奴にいきなり呼び出されて正体を告白されて知ることになるってことくらいは予想していたのだが、ハルヒが連れてきたわけでもなく、誰よりも我関せず無関心を貫く長門から紹介されて遭遇するなんて一番想像できないことであるし、正直言ってハルヒと長門が結託して俺をからかっている、と考えるならまだあり得るかも、と思ってしまう展開だぞ。これは。 で、そのパラレルワールドという異世界から来た俺にしがみついて離そうともしないハルヒなんだが…… いやこれはもう俺が目を逸らしたくなったってのも仕方がないことなんだ。 なんたってこのハルヒ。 目鼻立ちやスタイルはまったくこっちのハルヒと同じでおまけに北高の制服のデザインも同じ。性格は正反対っぽいのだがもう一つ、外見上、決定的に違うところが一つある。 もうお分かりだよな? このハルヒの容姿に言及した俺が目を逸らしたくなった理由が分からないとは言わせないぜ。 もし本当に分からないならまず、『涼宮ハルヒの憂鬱』の原作かアニメを見てからこの先に進むことをお勧めする。 って、いったい俺は誰に何を言っているんだ? そう、このハルヒは非の打ちどころがない反則的なまでに無茶苦茶似合っているポニーテール姿なのである―― 仕方ないだろ? 外見的にはハルヒとまったく同じでそんな奴がしおらしく俺にしがみつき、加えてポニーテールなんだ。 もし彼女をまともに直視してしまったら俺がどうにかなってしまいそうだ。 なんせ、このハルヒも間違いなく涼宮ハルヒだ。この世界のじゃないってことを除けば本人なんだ。 俺はハルヒ以上にポニーテールが似合う女子を知らないし、知っている女子や有名なアイドル、女優の誰を脳内モンタージュでポニーテールにさせたところでハルヒ以上になることは決してない。 ポニーテールに目がない俺だ。それもハルヒで俺にしがみついているとなれば当然、その感触も匂いも直に感じることができるわけで、これで理性を保てという方が無理である。 以前、とある事情で現在の俺より一週間先から来た朝比奈さんに抱きつかれたときでさえ危うく自分を見失いかけたってのに、朝比奈さんのような性格のポニーテールハルヒが抱きついてきているとなればそりゃもう現実逃避でもしてなけりゃ人目を憚らず絶対に間違いを犯す。 「ところで長門、このハルヒとはどこで会ったんだ? 誰かに見られたりしなかったのか?」 と言う訳で俺は長門に問いかける。 まずは経緯を知っておこうという訳だ。話を逸らしたと思われても否定はせんぞ。 「この涼宮ハルヒが現れたのはこの文芸部室。わたしは涼宮ハルヒの存在が突然、ここで現れたので確かめに来た。むろん、あなたの所属するクラスからも涼宮ハルヒの存在を感知している。つまり、現在この時空には二人の涼宮ハルヒが存在していることになる。誰にも見られていないと思う。ただし――」 ん? 何だ? どうして言葉を切る必要がある? 「少なくとも僕は気づくことができました、ってことですよ」 なるほどな。 確かにお前は気づくかもしれんな、やれやれ…… 嘆息してややげんなりした視線を肩越しに向ければ、そこにはSOS団副団長、ハルヒの精神鑑定にかけては俺とタメを張るくらい精通している相変わらず無意味に爽やかな笑顔を浮かべる古泉一樹がそこにいた。 「それにしても何と言いましょうか――と言うか、僕はいったいどう言えばいいのでしょうか?」 それは俺が聞きたいことだ。 頭に手を乗せ、一応珍しく困った笑顔を浮かべてかぶりを振る古泉を正面に捉えて俺は思わずツッコミを入れた。 「いや失礼。しかし、この事態は僕も正直言って困惑しております」 さらに珍しく、爽やかなハンサムスマイルはそのままなのだが口調には明らかに苦悩が満ちていた。 今、俺はいつも古泉とボードゲームを勤しんでいるときのように机を挟んでこいつと向き合っている。 もちろん、俺の左腕にはポニーテールハルヒがしがみついているし、なんだかおどおどした表情で古泉を見ては俺に縋るような視線を向けてくるのである。 まあ何を言いたいかは分かるがな。 「心配いらんさ。こいつは俺の友人だ。別にキミに危害を加える真似なんてする訳がない」 「う、うん……」 俺の答えに、ハルヒがそれでもまだ不承不承に戸惑うように首肯する。 んで、それで納得したのかと思えば全然納得はしていないみたいで、さらに俺の腕により強く深くしがみついてくるのだ。 だから待てって。このままじゃ俺がどうにかなってしまいそうで、いやキミが嫌って訳じゃない。むしろこうしていてほしいのだが……って、そうじゃなくて! なんてツッコミを入れるわけにもいかんし、無碍に振り払うこともできんがな。 そりゃそうだろ。捨てられた子猫が雨の中で懇願しているような庇護欲を激しく揺さぶるつぶらな瞳でポニーテールハルヒは俺を見つめているんだ。これをないがしろにできる奴がいるとすればそいつは人間を辞めることを勧めるね。 「とりあえず、どうしてこの世界に出現したのか詳細を教えていただけないでしょうか? そこにあなたを元の世界に戻せるヒントが隠されているかもしれませんからね」 が、古泉はさして気分を害した風もなく、学校の先生が優しく生徒に質問するような穏やかな笑顔で問いかける。 「そ、それは……」 しばし躊躇うような沈黙が訪れて、 それでもポニーテールハルヒは俯いたまま、語り始めようとする。 しかし、その瞬間、古泉が現われてから今の今まで黙りこんでいた長門が動き出す。 と、同時に古泉の表情も変化した。 先ほどの穏やかな笑みが、今は緊張感を漲らせた鋭い視線でドアの方を睨みつけている。 「隠れて」 呟くと同時に長門は俺とポニーテールハルヒの手を取り即座に、部室にある掃除用具入れたるスチールロッカーの中へと、俺たちを押し込める。 ちょっと待て。何が起こったんだ? 見ろよ。ポニーテールハルヒだって情緒不安定を如実に表した困惑の表情を浮かべているじゃないか。 と言うか、長門と古泉がここまでの緊張感を持たなければならない相手とは何なんだ? 新手の急進派か? それとも古泉の機関と対立する刺客か? 「ここはわたしたちでやり過ごす。あなたと涼宮ハルヒは物音を立てず、じっとしていればいい」 む……この無為無表情のはずの長門の瞳が警戒心に染まっていることを俺は見逃さない。 そうだな。長門がここまで言うのであれば従うしあるまい。 俺が真剣な表情でうなずくと、長門は静かにスチール製の扉を閉める。 そして―― 「キョンいるー? って、あれ? 有希と古泉くん? どうしたの二人してこんなところで」 勢いよく扉が開けられると同時に、入ってきたのは急進派でも刺客でもなかった。 つか、こいつが来るならまだ急進派とか刺客の方がマシだと思ったのは俺の気のせいだろうか。 そう―― あろうことか、文芸部室に現れた声の主は、是が非でもここにいる異世界人の存在を知られてはいけない我らがSOS団団長、こっちの世界のセミロングヘア涼宮ハルヒだったのである。 パラレルワールドと聞いて思い出すのは去年の冬、三日ほど季節以上に寒気と絶望を味わいつつも、なんとか事態打開にこぎつけた俺なのだが、その三日の内の一日、俺以外に忘れ去られた十二月二十日に光陽園学院の古泉一樹がこんなことを言っていた。 ――あなたの言葉を信じるならば、聞いた限りにおいてあなたが陥った状況を説明するには二通りの解釈が挙げられます。 一つは、あなたがパラレルワールドに移動してしまった、というものです。元の世界からこの世界へ。 二つ目の解釈は世界があなたを除いてまるごと変化してしまったということですね。しかし、どちらにも謎は残ります。 前者の場合ですと、ではこの世界にいたあなたはどこに行ったのか謎ですし―― まあ、あのときは後者だったわけだが、昔、何かの本で見たような見ないようなという曖昧さ抜群のパラレルワールドの説明の中に、元の世界から別のパラレルワールドに一人の人間が迷い込めば、同時にその世界の当人ははじき出されて別のパラレルワールドへ移動してしまうと書かれていたような気がする。 が、どうやらこの仮説は誤りだったようだ。 確かに『自分』という存在は一人しかいない訳で、世界に『自分』は二人以上存在しないとなれば、別世界から『自分』が迷いこめば、元の世界の『自分』も別世界に行かないと『自分』という定義に辻褄が合わなくなるという理屈なのである。 ところが今、この薄っぺらいスチール製の扉を隔てて向こうにも俺の目の前にも涼宮ハルヒがいるのだ。 この本の著者はいかに想像でもっともらしいことを書いていたかがよく分かる。 「ふうん。機関誌ね」 「そうです。冬に我々が一冊作り上げましたところ学校内でも結構な評判となりましたから季節ごとに出版するのもよろしいかと思い、長門さんと話し合いをしていたんですよ。長門さんはSOS団団員であると同時に文芸部の部長さんでもありますからね。我々が協力して文芸部を盛り立てていけば、あの生徒会長も何も言えなくなるでしょうし、他のクラブに献身的に協力する姿を見ればSOS団を学校公認の同好会にせざる得なくなるやもしれませんから悪い話ではないかと。もちろん、長門さんの承諾が前提でしたのでその後、涼宮さんにお話ししようと考えていたんです」 さすがは古泉だ。 よくもまあ、思いつきでここまで流暢にでたらめを話せるものだと感心してしまったね。それも俺たちのことを少しも表情に出さないんだからなおさらだ。 しかし今はその騙りに縋るしかないからな。 頼むぜ古泉、長門。できるだけ早めにハルヒを追い出してくれよ。でないと絶対にまずい。この状況で俺はいつまで理性を保てるものか分かったもんじゃない。 なんたって、別世界のポニーテールハルヒと俺は、この狭い掃除用具入れロッカーに収まっているんだ。もちろん、このロッカーは人一人入るのさえやっとなのに二人で入るとなれば当然、密着状態にならざるを得ず、事実俺たちは密着しているし、朝比奈さんほどでないにしろ、ハルヒだってスタイルは抜群なんだ。俺の胸辺りは温かく柔らかい丸びを帯びた最高の感触を味わっているし、しかも前回の朝比奈さんの時と違って今は初夏の息吹がもうそこまで迫ってきている季節なんだ。ポニーテールとハルヒのスタイルと中の熱気が相俟って、もはや真田幸村がいない大阪夏の陣よろしく、外堀と内堀を完全に埋められてしまい、なおかつ天井裏にも刺客が侵入してしまっていてもうどうしようもないくらいの状況に陥っているんだ。スチール扉のスリットから向こう側を見て、目の前のハルヒから視線を逸らしておかなければ絶対にやばい。 「まあ別にあたしはあのいけすかない生徒会長のご機嫌取りなんてするつもりは全くないけど、そうね。久しぶりに機関誌を作ってみるのもいいかもしれないわね。あの時の盛況ぶりは今でも覚えてるし、キョンに今度こそまともな小説を書かせるのも悪くないわ」 って、何でそこで俺の名前が出るんだ? だいたいあの話だって、お前、結構満足してたじゃねえか。最後のオチだけは必死に死守したがそれでもアレは一発OKをお前が出したんだぜ。俺にアレ以上の話が書けると本当に思っているのか? と言うか、今度は恋愛小説なんてクジを引かんようにしなければならん。 「有希もそれでいい?」 「いい」 「よし。今日の放課後の活動はそのミーティングで決まりね! キョンとみくるちゃんにも言っておくわ。それじゃ!」 ちょっと待て。これじゃ文字どおり嘘から出た真ってやつじゃないか。 そもそも古泉と長門はなんとかなるかもしれんが俺と朝比奈さんはまた苦しむlこと間違いなしだ。 などと俺は思っていたわけだが、よく考えたら仕方がないことだよな。 否定せず、論議もせず、ただ肯定すればそれでハルヒは満足して立ち去って行くだろうから。現にハルヒはおそらく上機嫌に足に羽根が生えてるんじゃねえかという浮かれっぷりで文芸部室を後にしたはずだ。 文芸部室の扉が閉められる音を聞いて、 「ぷはぁ……」「ふひぃ……」 思いっきり息をついて俺とポニーテールハルヒは掃除用具入れから脱出した。 いや熱かった。それも別の熱気も混ざり合っていたから正直のぼせてしまうギリギリだったぞ。 「助かったぜ古泉、長門」 「どういたしまして」 「いい。わたしも同じ」 俺の素直な感謝に古泉も安堵と脱力を足したような笑みを浮かべ、長門もまたそっけないその返事の中に安心感が現われていたような気がする。 「あの……キョンくん……今のがこっちの世界のあたしなの……?」 「ああそうだ……って、そっちの世界でも俺はキョンなんてあだ名で呼ばれてるのか!?」 「あ……うん……」 俺の詰め寄りにポニーテールハルヒがちょっと困った笑みを浮かべて首肯している。 ん? しかしこの表情は『気まずい』よりもなんか『照れてる』っぽいよな? どういうことだ? 「あ、ごっめ~~~ん、ここに来た本来の目的を忘れちゃってたわ♡」 って、なんですと!? とっても明朗活発な声とともにいきなりドアを開けたのは、先ほど立ち去ったと思われたこっちの涼宮ハルヒその人であった。 涼宮ハルヒの遭遇Ⅱ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5802.html
翌日。 何を期待するわけでもなく無意味に靴箱の奥を覗いてみたりしながら教室に辿り着くと、ハルヒがほおづえをついて窓のほうを向いていた。いつものことだと思って俺はようとだけ声をかけ、ハルヒの前の席に腰を落ち着ける。それでもまるで反応がなかった。 とことん解らんヤツだ。昨日まで七夕だ夏合宿だと騒いでたというのに、明けてみれば省エネモードになってやがる。最近は機嫌がよすぎたから個人的に調整でもしてるのかね。ああ、それとも何だ、憂鬱症候群がぶり返しでもしたのか? 「…………」 ううむ、気味悪いほど無言である。顔の表情一つ動かさない。 デフォルトで無口じゃない奴が唐突に無口になったりすると周りにいる人間が困るんだよな。ハルヒの場合は躁鬱病的にやたらテンションが高いときと低いときがあるわけだが、それにしたってハルヒ、お前との沈黙は長門の沈黙ほど心地よいものではないな。 「…………」 「何か、あったのか?」 依然動きなし。カラクリ仕掛けの人形みたいに視線を窓の外の空に固定したまままったく動かない。窓ガラスが映すハルヒの目は魂が抜けていた。 「喋れよ」 「……うるさい」 この始末である。俺はさすがにこのまま前を向く気にはなれずに、 「昨日までの元気はどうしちまったんだ。合宿でみんなと遊びまくるとか言ってうるさかったのに」 一瞬、ハルヒの目が大きく見開かれたような気がした。取り調べでまずい証拠を提示された容疑者のような表情だ。 「昨日、何かあったんだな? 九曜――長門たちと」 「退部するって」 は? ハルヒは一言だけ呟いて後はひたすら黙った。ちょっとしてから俺の顔を睨んで机に伏せようとしたが、何を思ったのかやめて、またガラスの外の世界を眺めた。凛として威厳に満ちあふれた生意気な顔である。 俺は状況が読み込めなくなって、数回ほどハルヒの言葉を頭の中で繰り返した。 退部するって。 いや、何が。昨日九曜たちと何があったのか。退部するって。退部? 退部って何だ。部活を抜けるというアレか。それ以降、退部したヤツは部活に来ないっていうアレだ。 部活? そんなもんは決まってる。SOS団だ。それを退部するって。なに? 俺の頭には大量のクエスチョンマークが飛び交い、予想外すぎる出来事に少なからず戸惑っていた。そして俺の目の前で空を見つめ続けるハルヒ。なんだ、なんなんだ。 「やめるってさ。三人とも、SOS団をね」 「はあ!?」 教室中に響きわたるような声で叫んでいた。セミまでもが鳴きやんだように感じた。 頭がふっとんだ状態になって、まるで紙に染み込む赤色インクのように、時間が経つにつれじわじわと浸透してくる現実味。SOS団をやめる。九曜と偽古泉、偽朝比奈さんが。口あんぐりでハルヒの顔を見返した。やつは強気な顔で、ただほおづえをついて唇を結んでいた。 どう言葉を発していいものやらさっぱりだ。まだホワイトモードから立ち直れない俺の頭に、言うべき言葉の代わりに妄想が走馬燈のごとく浮かび上がった。 部室にいるのは俺とハルヒだけで、長門も朝比奈さんも古泉もいない。もちろんパソコンは二台だけだし、大量の本もない。朝比奈さんがいないのだからコスプレ一式もなく、ボードゲームもない。ただ、去年の四月にハルヒが持ち込んだ雑多なものばかりが妙に寂しさを演出している文芸部室――。 そこでは、俺はハルヒと一対一で口論しあうだけの存在であり、だったら野球大会なぞに出られるわけもなく、映画撮影だってできないし、まさかとは思うが合宿も二人だけだ。空虚という言葉がこれほどまでにしっくりくる例が他にあるだろうか。 そんなバカな…………。 俺は妄想を振り払った。 「冗談だろ?」 ハルヒは怖いくらい冷たい表情を変えず、姿勢もまったく変えない。俺の問いかけに答える気はないらしい。 待て待て。なんなんだこれは。あの三人が部活をやめるらしい。昨日までずっと何かの変化があったから、その続きのつもりなのか。長門が消えて朝比奈さんが消えて、古泉が消えるのと入れ替わるようにして周防九曜、ダミーの朝比奈さんと古泉がSOS団に侵入してきた。そして今日になったら侵入してきた三人が部活をやめると言っている。 いったいどこへ向かうんだ。 俺とハルヒを二人にして何が楽しい。そんなことをして何の意味がある。SOS団は五人でないとダメなんだ。 「何でそんなことをしやがった……」 「知らない」 ハルヒは口もとをぴくつかせ、同時に肩も震わせていた。俺もさすがにそれ以上何か言えるわけでもなく、また得られる情報もないだろうとおとなしく前を向こうとした。 その時、前を向く寸前、俺の視線がハルヒからはずれる寸前、俺は見てしまった。毅とした表情のハルヒが、最後の一瞬だけ、この世のあらゆる戸惑いと哀しみを背負ったような表情をしたのだ。眉がよって、目は曇り、唇はギュッと結んだままで。俺はそれを見たとき、何だかわけの解らない激しい感情を覚えた。 こともあろうか、ハルヒを巻き込みやがった! タブーをこともなげに使ったのだ。世界改変が起こるからとか情報爆発が起こるからとか、うん、まあそれもあるだろうが、何て言うべきか……とにかくハルヒをこの事態の渦中にぶち込んではならなかったのだ。それも、部活をやめるという超直結型で。最悪級だ。根底を覆すような真似をしてくれた。退部する? ほざくんじゃねえ。今さら切れる縁じゃないんだ。事実俺は退部なんてことは頭にもなかった。想定外にも程がある。 「おはようっ」 憎らしいほど快活な声をして担任岡部が入ってきた。 ハルヒにつられて空を見れば、雲一つない快晴だった。もうどこかに行っちまった梅雨前線が戻ってきて仕事してくれればいいのに、憎らしいほどカラッとして暖かい陽気だった。嫌になる。青天の霹靂でも起こればいいのだ。 * 退部する――。 ハルヒの憂鬱が空気感染するものだったのか知らないが、はたして俺は三時限目が終わるまで自分の机を動けずにいた。ハルヒはよくも集中力が長続きするもんだ、アヘン中毒者のような目をして延々と空模様を眺めるばかりである。残念ながら雨が降り出すようなことはなさそうだ。 どうしていいものやら、俺はショック症状の最中にいた。 真相を知らないハルヒのショックは察するだけでも痛いが、俺とてまさかこんなことになってみようとは想像もしていなかった。頭はさっきから謎な妄想を繰り広げるばかりで、もはやまともに稼働しなくなっている。 おかげで授業はさっぱり聞けやしない。右から入って左に抜けるだけならまだしも今日は右に入る前に完全にシャットアウトされており、その代わりに頭の中で壊れたフィルムがずっと同じ部分を繰り返すがごとく退部という熟語が渦巻くのはどうにかして欲しい。 古泉を徹底的に言及してやろう。 俺が古泉に言い寄ることを思いついたのは、休み時間、後ろのハルヒと仲良く仏頂面で地蔵になっている最中のことだった。偽物でも奴ならば説明好きに違いないのだろう。 もはや躊躇う必要などない。俺は教室を出て廊下に繰り出した。もういい。納得できるまで説明させてやる。 「やあ」 そう決心したはいいが、俺は早速出鼻をくじかれた思いになった。ギョッとしてそいつの顔を見る。 「風邪は大丈夫なんですか?」 まるで俺が出てくるのを待ちかまえていたかのように、そこには古泉一樹の含み笑いの顔があった。いや、事実待ちかまえていたのだ。九曜の手下ならそのくらいはする。 「どうだろうね。最近はもっぱら精神病にかかってるように思えてならねえよ」 「そうでしょう。まだ精神を病んでいなかったとしたら、そちらのほうが異常です」 「何で急にSOS団を抜けるなんて言い出しやがった。昨日の今日だろ」 「そうですか? それほど急でもないと思ってたんですけどね。あなたも御存知の通り、我々は先日から涼宮ハルヒの情報改変能力を利用して、我々が涼宮ハルヒを観測する上で障壁となりうる存在を次々と削除してきました。順調に行くかと思われましたが、思わぬ事態になってね。涼宮ハルヒにあなたを消すようにし向けてもなぜかあなただけは抹消されなかったんです。それどころか我々の支配に対する涼宮ハルヒの反発力がどんどん強くなってきはじめまして、このままではせっかく削除した存在が復活してしまうようなことになりかねませんでした。そこで仕方なく、九曜さんや僕、朝比奈さんが一時的にこの世界に潜入したわけです。退部という形で、涼宮ハルヒの記憶から元の世界の三人を完全に切り離すためにね」 俺は絶句しながら、ああなるほどとか頭の隅で思った。 ハルヒの記憶には消えてもなお、まだ長門や朝比奈さんや古泉の輪郭が残っていたのだろう。さらに外部から圧力がかかってるとなれば、そこは黙っているハルヒではない。無意識状態でもかなりのタチの悪さだ。結果、ハルヒは抹消しちまった三人を取り戻そうと九曜の頭脳支配に反発する。しかし九曜サイドとしては、あの三人がいてはハルヒの観測をする上でどうしても邪魔になるのだった。どうにかしてハルヒの頭にこびりついている三人を取り除かなければならない。どうすればいいか。もともとハルヒとあの三人でつながりがあるのは部活だけである。だったら、その部活をやめてしまえばハルヒとのつながりはなくなり、ハルヒも未練だけで長門たちを呼び戻そうとはしないだろう。 と、そんなところか。 しかしそんな話をよくも俺に向かって堂々と言えたもんだな。 いや、違うね。どうせこいつだって九曜の手下だ。感情とかいう高等な概念は持ち合わせてないんだろうよ。俺にこんなことを隠しもせずに話して、俺がどんな思いになるのかもまったく予測できないのだ。九曜は確かに脅威だが、月並みの感情を持ってないところが穴だったな。 おかげで俺は決心がついちまった。 絶対、ハルヒに正しい長門、朝比奈さん、古泉のことを忘れさせたりするもんか。そんくらいの努力なら俺だってできるんだ。 「おい古泉、お前、残念だったな。やっぱり長門のほうが高性能のアンドロイドらしいぜ」 偽古泉は何を言っているのかさっぱり理解できない、といった感じの表情をして俺を見ている。この際だ、病人を見るような目でも何でもしやがれってんだ。この一年で長門が獲得した感情ってのはな、ずいぶん貴重なものだったらしいぞ。この古泉を見てたら、それがはっきりと解った。 * 始業のチャイムで俺と偽古泉は別れた。もう二度と会うこともないだろう。あんなヤツ、俺が会いたくない。部活をやめるということが、俺はともかくとしてハルヒにどんな影響を与えるかだけは理解しておくべきだったのだ。こういうことを俺がうまく表現できる自信はないが、ようするにあいつもまた人間だってことさ。もちろん感情だってある。あいつらとは違うんだ。 * 昼休み、俺に机を寄せたがる谷口と国木田をスルーして俺は部室へと向かった。弁当を持って行くべきかどうかと思い悩んだが、そんなに悠長にやってる場合でもないだろうから教室に置いてきた。昼飯ぐらいいくらでも我慢してやる。 部室への道のりで偽朝比奈さんやコンビを組む鶴屋さんとすれ違ったりすることもなく、俺は順調に部室に到達した。このまま開ければ誰もいないか、あるいは九曜がいたり、もしかするとハルヒが何かやってるのかもしれんが、俺はあえて通常空間の中を確認することなくポケットから鍵を取り出した。思わぬもんを見ちまうと、心証が悪くなる以上に動揺するだろうからな。これ以上疲れるのはうんざりだ。 TPDDを原材料とした鍵を扉の鍵穴に突っ込んで回すと、どこかでカチャリとかいう音が聞こえたような気がした。回して開く。 「おっと、早速戻ってきたんですか? 何か忘れ物ですか?」 クリーム色の空間、物理的に物音一つしないこの部屋に入った俺を出迎えたのは、ハンサムスマイルの古泉だった。頭が痛い。見かけ上、こいつはさっきの偽古泉とまったく同じだからな。 「いや、こっちはもう一日くらい経ってるんだが。昼休みにちょっと来させてもらってるんだ」 「何と、本当ですか……。驚きですね、こちらではあなたが鍵を手にして出ていってから一分弱ほどしか経ってませんよ?」 古泉は心底意外そうな顔をしており、ちょっと視線をずらせば朝比奈さんもまた口に手を当てて驚いてらっしゃる。存在自体がデタラメな空間なだけにそういうディテールに凝った質問は黙殺することにする。俺は部室の奥でパイプ椅子に座っている万能宇宙人に目をやった。どうせこいつが何かしたに違いない。主観時間と客観時間にずれを生じさせたとか、やり方ならいくらでもあるだろう。 「それどころじゃないんだ。大変なことになった」 俺は一日にあったことを包み隠さず三人に話した。 偽者が現れてSOS団をやめる、とか言ってきたこと、その理由について偽古泉から聞いたこと等々。 長門は黙々と、朝比奈さんは場面場面で表情を曇らせたりしながら、古泉はちょうどいいタイミングで相槌を打ちながら俺の話を聞いていた。そんでもって俺はここに来たのだと言うと、口をつぐんで三人の顔を眺めた。 「涼宮さんは……。キョンくん、涼宮さんの様子はどうでしたか?」 珍しくも沈黙を破ったのは朝比奈さんだった。 「そうですね。やっぱ普通じゃなかったです。俺が振り返るといっつも窓の外ばっか見てるんですよ、あいつ。授業中も」 さすがに言葉を切った。くだらん感傷だけど、ハルヒのためにね。 「ちょっと、まずいかも……。これは、禁則になるんですけど、SOS団が解散したり涼宮さんとあたしたちの間に大きなわだかまりができるのはどんな未来にとってもいいことにはならないんです。あたし、映画撮影のときに涼宮さんとキョンくんがケンカしたときに何か言ってたでしょう?」 「ああ、そういやケンカはダメですとかって言ってた覚えがありますね」 あれはそういうことだったのか。俺がもしSOS団をやめると、未来にどう反映されるかはいまいち解らんが。 「僕も同感ですよ」 古泉が首を突っ込んだ。 「僕の立場から、というわけでなくとも、涼宮さんに直接手を出すのはある意味タブーです。しかも、SOS団から抜けるなどということをするなんて論外ですよ」 「ハルヒの精神に手を出すと面倒なことが起こるからか?」 古泉は意外そうな表情を作ってを俺に向け、 「ほう、あなたはそうお考えなんですか? 僕に言わせれば、そのこともありますけど、もっと純粋な部分もあると思いますけどね。それでも解らないようなら、僕はあなたに対する尊敬を失いますよ。これは僕の専門外ですが、あなたにとっては専門分野ですよ」 ふん。 お前に言われるまでもない。あのあまりにも虚しい様子のハルヒを見てれば、俺じゃなくたってそんな気持ちになるね。正直俺は退部されたってことよりもハルヒがあの状態だってことのほうがよっぽどショックなんだ。 「それを聞いて安心しました。僕がわざわざ忠言するまでもないでしょう。これからどうするかは、すべてあなたにお任せします。あなたなら、おそらく僕たちの誰よりも涼宮さんを解っているでしょうからね」 古泉は長門と朝比奈さんに目を向けた。そうでしょう、とでも言うかのように。 「キョンくんなら大丈夫です。あたしは結局あんまり役に立てなかったかもしれないけど、キョンくんはその鍵を持っているでしょう?」 長門もついと焦点を俺に持ってきて、 「わたしも、ここで待ってるから」 何だか示唆的なことを言って読書の海へと戻っていった。 * 「ふぅー……」 ハルヒがようやく言葉を発した。と思ったらため息だった。それで俺は、ハルヒは今の今までため息すら一度も吐いていなかったのだと気づいた。 そろそろ夕日が空に浮かぶ頃合いだ。掃除当番がせっせと働いているときからハルヒは窓の外を見っぱなしで、掃除当番が引き上げた後もその調子だったため、疲れるだろうと思って俺は購買で飲み物を買ってきてやった。さながらマネージャーのように俺がブラックコーヒーを差し出すとハルヒは黙ってそいつを手にした。現在、ブラックコーヒーを飲み終わったハルヒは、まだ空き缶を手でいじりながら窓から外を眺めている。そんなに面白い世界でも広がっているんだろうかね。窓の外にはよ。 俺のどこか深いところでいい加減ふっきれちまえと自分に向かって呼びかけているのが解る。だが俺はあえてその感情を押し殺した。これは俺に対する試練ではないからだ。俺の心なんてのは決まっている。問題は、ハルヒがSOS団という団体をどう考えているかだった。 あの偽古泉は俺にわざわざ説明してくれたのだ。ハルヒの無意識が勝手に暴走して長門や朝比奈さん、古泉を抹消した。そしてその力が俺に向けられようというときになって、ハルヒの無意識がとうとう九曜の頭脳操作に反抗したのだ。反抗の力はどんどん強まり、ついには抹消されたはずの長門たちをも復活させようという勢いになっている。 そこでの退団宣言。 俺は、ここがハルヒを変える大きな分岐点だと思っている。もしあいつが本当にSOS団に――お遊びサークルではない、宇宙人、未来人、超能力者がいる団体という意味でのSOS団に――未練を感じているのだとしたら、本物の長門たちは復活するし、ハルヒが俺に向かってそういう仕草をするに決まっている。しかしもし、SOS団をただのお遊びサークルだと捉えていたとすればSOS団は復活しない。どんな葛藤があってもハルヒは最終的に、まあ仕方ないで済ませてしまう。あいつの人格なら別のお遊びサークルを作ることなんて簡単だからだ。代用がきく。ただしそれはSOS団とは違って、謎的存在は一切含まれない代用品だ。 それで納得するなら謎的存在はハルヒにとってはもう必要ないということになる。近頃のハルヒを見ていると、どっちになるかは正直かなり微妙だった。 「キョン、あんたも部活をやめるの?」 「俺は続けるさ。もしお前と二人だけになっても、たぶん卒業までな」 俺は即答した。もしハルヒからこういう質問がきても、絶対にこう答えようと決めていた。 俺の気持ちはすでに固まっている。これはもう最低限のプライドと意地の塊なのだ。 「別にあたしに気を遣わなくてもいいわよ」 そんなつもりではないと言おうとしたらハルヒが続けた。 「……こんなこと、言わせないでよね」 言うかどうか迷ってから言ってしまって後悔したような顔をしている。それからムッとした顔になると、ブラックコーヒーの空き缶を窓の外に放り投げた。 缶だけが窓の外の世界に、放物線を描いて飛んでいった。 「とりあえず、合宿は取り消しね。このままじゃ行っても意味ないから。ああ、鶴屋さんにも伝えとかないと……」 行っても意味がない? そうじゃない。違うのだ。なぜなら退団したのは偽物の長門たちだからだ。本物はちゃんといて、合宿にも付き合ってやるつもりなのだ。 俺は猛烈にそう進言したかったが、言ってやるわけにはいかない。合宿が取り消されるかどうか、ひいてはSOS団がなくなるかどうかを決めるのはハルヒの心なのだ。お遊びサークルで済ませてしまうか否か。 「帰るっ!」 ハルヒが吐き捨てるように言って席を立った。鞄を持って、入り口に向かってずんずん進む。小さくなる後ろ姿。 俺は絶望した。 もはやSOS団は消えるしかない。ハルヒの好奇心は薄れ、謎的存在は不必要なものになってしまったのだ。 これからどうしようか……。 どうしようもなく途方に暮れていた俺は、次の瞬間、自分の曇った窓ガラスのようになってしまった眼を大きく見開いた。思いも寄らぬ光景が目に飛び込んできたからだ。 俺はその光景に目をとられ、釘付けになった。 そこには、絶対にさせてはならない、見てはならないものがあった。 ハルヒの黒目がゆらゆらと揺れて、そこから生み出される宝石のような、真珠よりもルビーよりも貴重なたった一滴の何かが流れ出ていた。 このときの俺はさぞかしアホな面をしていただろうな。 俺の中の何かが音を立てて崩れていった。それとともに俺はようやく悟った。ハルヒの言葉にならない言葉が俺には伝わった。 こうなったらどうするかも、実は既に決めてあった。 「ハルヒ、来い!」 俺は意を決してハルヒの手を取った。顔も見ずに走り出すと、ハルヒは抵抗せずについてきた。向かう場所はただ一つ、SOS団の部室だ。教室を飛び出して廊下を抜ける。 いつだったか、こんなことがあったな。あれはハルヒに言わせれば夢世界の出来事だが、今は違うぜ。ハルヒが否定しようがしまいが、これは現実だ。そして俺は、ハルヒにこれが現実だと解らせてやる必要があるのだ。周防九曜とその手下どもこそが、ただの夢に過ぎなかったのだと。 なぜなら、ハルヒがそう望んだからだ。 通い慣れた部室棟にはあっという間に到着した。二階に続く階段を上り、コンピ研を通り過ぎてその横の文芸部室もといSOS団部室の前で走っていた足を止める。 「ちょっと、キョン?」 ハルヒが何か言っているが、今は無視するしかない。何か言うのはこの中の光景を見てからにしてくれよ。 もちろん、普段の放課後のようにそのまま扉を開けたら、そこにいるのは偽朝比奈さん、偽古泉、そして周防九曜である。あいつらなら、今頃SOS団を抜け出せて不安定要素がなくなっていい気分になってるだろう。奴らを見たら即刻束にして七回斬り捨ててやりたい気分だが、今行かねばならないのはあいつらのところではない。本当のSOS団のところだ。 ポケットから鍵を出すのすらももどかしい。朝比奈さんのTPDDを使って作られた、超空間移動プログラムが書き込まれているという鍵。それを木製の古ぼけた扉の鍵穴に差し込み、回した。 カチッ。 解錠された。 俺は後ろで立ち尽くしているハルヒの手を取ると、うつむいているハルヒを見て言った。 「ハルヒ、すべてを思い出せ。あるいは気付きやがれ。SOS団はお前がそう望んだからできた団体だったんだ。今もお前はそう望んでいる。だってのに、途中退団なんかできるわけねえだろうが」 ハルヒが顔を上げる。妙な驚きにまみれたような、初めて見る気抜けした表情だ。 「よく見ろよ。これが本当のSOS団だ」 扉を開けて、中に足を踏み入れる。俺とハルヒは暖かいクリーム色に包まれた。 そこには――、 「やあ、これはこれは涼宮さん。どうでしょう、僕を覚えてくれてますかね。もし忘れてしまっていたとしても、僕は卒業までお付き合いするつもりですよ」 「あっ、あの、涼宮さん……。あたし、あんまりお役に立てないけど、がんばるのであと一年よろしくお願いしますっ」 「わたしは、これからもここで本を読み続けるから」 精神概念体の、長門、朝比奈さん、古泉がいた。 それぞれいつもの定位置に。ああ、そうさ。これが紛れもないSOS団だ。背景がクリーム色だろうと、三人の実体がなかろうとそんなことは関係ない。ハルヒ、これが真実なんだよ。宇宙人と未来人と超能力者だ。 「おい」 俺もまた、半分口を開けて呆然としている憎らしいくらい整ったその顔に言ってやる。 「俺らはまだ人間やってる。機械とはけっこう違ってるんだぜ」 「そんな……」 ハルヒは口から呟きを漏らし、それから油ぎれロボットのような動きで首を回して部室内を眺めた。 混乱してもいい。夢だと思っても構わん。 でもこれは、お前が選んだんだ。だからお前の深層意識は、絶対にこれがどういうことかを理解しているはずだ。ここはお遊びサークルではない。このヘンテコな空間がそれを物語っている。 ハルヒの目が、一人の団員のもとで止まった。 小柄なセーラー服姿の、読書好きの団員。そいつだけが偽者と本物の姿が違っていて、偽物は周防九曜が成り変わっていた。ハルヒはこいつが誰かを知らないはずだった。 「――有希」 そう言ったのはハルヒだった。 どこかで轟音がしてくる。頭の中なのか、それともこの校舎が突貫工事でも始めたのか。だったら避難をしなければならない。 そんなことを意識外で思った次の瞬間、俺は猛烈な吐き気を覚えた。大地震でも起きたのか、激しい揺れが起きた。無重力下でぶんぶん振り回されているような感覚である。揺れは収まることなく俺らをかき混ぜ、やがては風景が消失してまばゆい光が射し、俺は目を開けていられなくなった。いかん。網膜が焼かれたかもしれん。上と下が入れ替わる。光速のようなスピードで、これは上がっているのか、それとも落ちているのか? それすらも解らん。ハルヒはどこに行った。俺はどこに向かっているんだ。反転しながら吹っ飛ばされる。どこへ。四年前の七夕か。朝倉涼子と脇腹の激痛を思い出す。今度は周防九曜か。ふざけるな。あいつなら宇宙の果てに飛ばしちまえばいい。そして戻ってこい、宇宙人の長門。
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/285.html
「キョン、あんた、ちゃんと弁当つくってきたんでしょうね?」 デカイ声でいうなよ。まったく、ちょっとは気を使って欲しいぞ。 「ふふん、相変わらずうまそうね。あんたに先に料理を仕込んだのは大正解だったわ! ほら、あんたの分もあるんだから、しっかり食べなさい!」 「『あんたの分』じゃなくて、どっちも俺が作ったんだ! あと、俺たちはまだ4限目、授業があるんだよ」 「却下。アホ教師の授業なんて聞く意味なし。遅れないように、後でしっかり教えてあげるから、とにかく座りなさい」 「授業に遅れなくても、出席日数に響くんだよ」 「そんなもの、なんとかなる。いざとなったら、なんとかし・て・あ・げ・る」 「それが怖いんだよ」 「まだ、何か?」 「わかったよ、食べる、食べるから」 「待った、あんたの席は、ここ」 うわ、この人、自分の太もも叩いてますよ。おれたち、どこのバカップルですか? 「なんか、文句あんの?」 「あ、ありません」 「素直でよろしい♪」 「大学生がこんなとこ、うろうろしてて、いいのかよ」 「ぶつくさ言わない。付属高の分際で」 「ハルヒ先輩だって、付属高出身だろ」 「そうよ。だから、あんたを見つけたんじゃないの」 おれはこの声も態度もでかい『先輩』につきまとわれて、受難の高校生活を送っている。先輩は俺より2つ上で、俺が高校一年のとき、同じ高校の三年だった。今は順調に上にある大学にご進学である。大層いい成績だったのに、どこも受験しなかったので、進学熱の高い職員室は、また嘆きのため息をつかされた、らしい。 「受験勉強? そんな暇があったら、キョンと遊んでるわよ!」 一言で切り捨てられた進路指導部にはパニックが走り、急遽「キョンとは何ものぞ緊急対策会議」が開かれたってのは、信じ難い事実だ。 信じ難いのは進路指導の教師達もご同様で、まさか自分のところの生徒に、しかも成績、顔、身長、性格、すべて中くらいの、クラス担任ですら、あだ名以外の記憶を持ってなかった平凡極まる一年生に、あの涼宮ハルヒが入れ揚げてる、というのだから、アンビリーバボーだったらしい。いきなり身柄を拘束され、進路指導室に監禁された俺の前には、 「涼宮ハルヒと別れる」 「涼宮ハルヒに受験するよう説得する」 「極秘裏に退学」 という三択が用意された。あと小道具のカツ丼としぶい日本茶。 いや、ちょっと、まってくれ。 「あの、涼宮ハルヒって、誰ですか?」 進路指導部の教師達は、今度こそ銅で被覆されたアンモニア氷塊をレールガンで打ち込まれたエンタープライズ号のような、パニックに陥った。 「涼宮ハルヒを知らん!?」 「はい」 「あれだけ目立つ女を知らないだと?」 「はあ」 「じゃあ、毎日、昼休みに中庭でいちゃいちゃ弁当を広げてるのは、どこのどいつだ!?」 いちゃいちゃ、が何を指すのか見当もつかないが、確かにいっしょに弁当を食べてる先輩はいる。なるほど確かに目立つ。声も、態度も、銀河系をいくつ搭載したんだかわからない瞳もでかい。あと着やせするが、胸もそうなんだ。いや、今はそういう話じゃないぞ、っってそうだ、 「いや、あのですね、名乗らないんです、あの人。『あんたにはまだ早い!』だとか言って」 そのくせ、キスは出会い頭だったしな。その次は「あたしの家に来なさい!」で、いきなり自宅に連れ込まれ、台所に立たされた。大好物ばかりを作らされたあげく、 「やっぱりあんた、あたしが見込んだ通り、筋がいいわ! 明日からは、自分ん家で、2人分、お弁当を作ってくるのよ! そして昼休みは、あたしと中庭で一緒に食べること! いいわね?」 何がいいか分からんが、とにかく、この人が言えばその通りになる、というジンクスというか、悪夢はすでに始まっていたのだった。 「そうね。あたしがあんたに教えたこと、その1がキス、その2があたし好みのお弁当の作り方、その3が……」 「待て」 「何よ?」 「今思い出したから言うってのもなんだけどな、普通最初に名乗らないか?」 「そういうのは普通の連中がやればいいことよ」 「教えないと、呼ぶのに困るだろ?」 「あんた、困った?」 「困ったぞ。半年間、ずっと『先輩』だけで呼ばせやがって」 「あんた、いきなりうちに来てるんだから、名字ぐらい表札みればわかるでしょ。注意力が足りん!」 「うっ」 「で、何が困るって?」 すごむな。体温上げるな。近づくな。……うわ、なんだか、くらくらするぞ。 「うん、青少年。あたしの色香に、あんた、メロメロね」 「う、うるさい!」 「さあ、何が困ったのか、言ってみなさい。話によっては、取り上げてあげるから」 「うう……」 「さあ、さあ」 分かったから近づくな。 「大丈夫。鼻血出しても想定内だから」 「何が想定内だ。……笑うなよ」 「うん」 「もう笑ってる」 「うん」 「……」 「あ、うそうそ。真剣に聞くから、言ってみなさい」 「……キスするだろ」 「うん。会ってからは、毎日、何かと言えばキスしたわね」 「……家に帰って思い出すだろ」 「うん」 「ハ、ハルヒの顔とか目とか、その唇とか、体温とか、思い出すだろ」 「うんうん」 「……でも、その時は、まだ名前、知らないから、……心の中で呼ぶこともできないんだ」 「『先輩』でいいじゃない」 「昔の少女マンガじゃあるまいし、『遠くから憧れてずっと見てました、名前も知らずに』ってんじゃないだろうが。毎日、話すし、抱きつくし、俺のことはキョンって呼ぶのに、なんで、俺の方は、ただの『先輩』なんだよ? 一方的だ、不公平だ」 「うーん、なんかこう決め手にかけるわね」 「はあ?」 「あんた、まだ隠してる。それも肝心要のやつを」 「う……」 「あんたが言わないなら、あたしが当ててみようか? どんな暴速球がいくか、わかんないわよ」 「ううう」 「その1。あたしをオカズにしようとして、呼びかける名前がなくて困った」 ちゅどーん。 「あ、命中。ごめん、キョン。いきなり当てる気はなかったんだけど」 「もう、知らん。おまえなんか!」 「あ、キョン、待ちなさいって」 なんで、こいつは足まで速いんだよ! 「確かに半年遅れは悪かったわ。謝る。このとおり」 涼宮ハルヒが頭を下げるなんて、あっただろうか。おれは今、夢を見てるのか? 「でもね、キョン。あたしが自分のファースト・ネームを呼ばせてるのは、あんただけなんだからね。他の奴はせいぜい、涼宮どまり。あんただけ『ハルヒ』」 「あ、うん」 「何故だか分かる?」 「う」 聞きたいが、聞きたくない気持ちが上回ってる。でも、こいつは絶対、言っちゃうんだろうな。 「あんたには、一生モノの名前を預けてある。そういうこと」 どさっ。 「どしたの、キョン」 「こ、腰、抜けた」 「若いわね、キョン。あんた、いくつ?」 「ハルヒより2つ下だ」 「そのうち追いつけるかもしれないから、がんばりなさい。若い時の苦労は買ってでもしろ、って言うし」 誰か、こいつにその言葉を言ってやって下さい。でも、きっと肘か膝で跳ね返して、そのボールは俺の方に飛んでくるんだろうな。 「さあ、キョン。キスの時間よ」 「いつも、思いつきで、のべつまくなしにしてるだろ!」 「あんたの萌え要素が、火をつけたの。早くしないと、辺り一面焼け野原よ」 ハルヒ先輩2へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6003.html
涼宮ハルヒの遡及Ⅴ さて、俺たちは眼下に見えるカマドウマ対三人娘の激闘を尻目に、塔の外観をぐるぐる回りながら登り続けていた。 入った時は確かに内側を二階ほど登ったんだが、三階に続く階段を上ったらいきなり外に出たんだ。 ちなみに眼下に見える戦闘は、まあ激闘と言えば激闘なんだが、ド派手に爆撃音や閃光が飛び交っているものの、ここから見た感じでは、長門、朝比奈さん、アクリルさんが苦戦しているようには思えない。 というか、カマドウマたちが俺たちに気づいていないんだから、あの三人が相当手強いのだろう。周りを見ることすらできないようである。 「ううん……」 そんな中、俺はなんとも妙な既視感(デジャ・ヴュ)を感じつつ唸っていた。 「どうされました?」 「いや……なぁんか、どっかで見たような気がする塔のような気がしてな……」 などと俺が難しい顔をして呟くと、 「それは興味深い。いったいいつ? どこで?」 と、古泉は当然爛々とした瞳と笑顔で聞いてくる。 ええい! だからと言って顔を近付ける必要はまったくないだろ! 「これは失礼。そう言えばここにはあなたと僕しかいませんでした。無理に声をひそめる必要もありませんしね」 解ってるならやるな。だいたいハルヒはもう、お前らのことを知っているんだから隠す意味なんてないだろ。 「いえ、以前までこうやるのが癖になってましたから思わず」 それでもだ! だいたい、お前はいつもところ構わず俺に顔を近づけて話すから要らぬ誤解を生むんだろうが! ちょっとは自覚しろ! 「それもそうですね。僕も噂は聞いたことありますけど、僕自身、そんなつもりはまったくありませんのでご安心ください」 「ああ、そうだな。で、あんまり話を逸らしているのもあれなんで俺が感じた既視感の話だが」 「はい。どこで見たのです?」 「……いやまあ……ちょっと待ってくれ。答えはこの塔を頂上まで登った時にはっきりすると思う……」 「なるほど。では、まず登り詰めることにしましょう」 「元気だな、お前は」 「くす。そうは言いますが、あなたもまんざらではない心理状態のようですよ。おそらく僕と同じでこの状況を楽しんでいるのでは?」 そうか? いかんな、顔に出てたか。 「ええ、なんとも言えない探りを入れるような、それでいて好奇心に満ち溢れた笑顔です」 くそ。完全に身抜かれてやがる。 だいたいしょうがないだろ。俺が望んだのはこういう非現実現象だ。 俺は巻き込まれてもいい。だが、中心に躍り出るのはごめんだ。 だからこそ、今回のシチュエーションは願ったり叶ったりで、俺は現場の臨場感を味わいながら、決して表に出てこない。表に出てくるのは眼下でカマドウマと激闘を繰り広げる三人娘であり、この場ではこの塔のボスを打倒すべき古泉なのである。 まあ手助けとかしたい気持ちがないわけでもないんだが、残念ながら俺には特殊能力は何もない。ヘタに手を出せば俺は足を引っ張る存在でしかないので非常に心苦しいのだが少し安全圏で応援するしかできないのである。 「本気でそう思ってますか?」 って、なんだよ? 俺の心を読んだのか? 「いえ、あなたは声に出してましたから」 古泉が苦笑を浮かべている。 「そ、それは……」 「僕はあなたが本気でそう思っているとは考えていませんよ。おそらく、というより確信を持って言えますが、僕にしろ、朝比奈さんたちにしろ、本当に危ないと感じたときは、あなたは自分の身を省みず、誰よりも前線に飛び出すと信じてます」 「過度の期待は後からの落胆を大きくするだけだ」 「ふふっ、では少しは期待するということで、とと、どうやら頂上に着いたようですよ」 なるほどな。 俺と古泉は階段を登り切ったところで、本当にここが塔の上なのか疑いたくなるのだが、結構広い天辺にさほど大きくはないが、平屋の民家が一軒建っていたのである。 ああやっぱり…… 俺は手を頭に当てて瞳を伏せ、一つ嘆息を吐いたのであった。 よく考えてみれば。 最初からいきなり、見える範囲全てが砂漠でしかも駆けていった先に塔があるなどというシチュエーションはそうそうお目にかかるものじゃない。 不本意にもこの世界に降り立った時はてっきり、あの時のコンピ研部長氏の件の再来かと思ったのだが、考えてみればハルヒはあの日あの場所に居なかったのである。となれば、こんな風景に覚えがある訳がない。 つまり、この風景はハルヒの記憶の中にある風景ということで、流行は極端に嫌うハルヒではあるが、例え流行でも自分が面白いと思うものにはのめり込む奴でもあるので、これは二大RPGの内の片割れの六番目のシリーズの内のワンシーンということになる。 なぜ、このシーンが選ばれたのかは分からん。 しかし確かに、あのストーリーはなかなか斬新的で現実の世界と夢の世界を行き来するという誰もが憧れるシチュエーションであったことは否めない。 と言うことは無理矢理にでもこのシーンを当て込んだということは…… …… …… …… 何だろうな。なんとなくこの後の展開が見えてきた気がしたぞ。 などといつまでもモノローグを流しているわけにもいかず、俺と古泉は警戒しながら、その平屋の扉を静かに開き、 「……なんですか? アレは」 「お前、ゲーム好きな割にはテレビゲームはあんまりやらんのか?」 「ええ。もっぱらボードゲームの方が趣向に合ってるものでして。『対戦相手』がいる方がやりがいがあるものですから」 「その割には大して強くないのはどういう訳だ」 「これは痛いところを付いてこられますね。さて、そんなことよりどうします?」 古泉の視線が鋭く、しかし、どこか不敵な笑みを浮かべて、『奴』から目は離さずに問いかけてくる。 「……お前の力、ここでも使えるか?」 「はい、それは大丈夫です」 よし、ならここは向こうが気づく前に先手必勝であいつにあの赤玉をぶつけてくれ。それで終わるはずだ。 「って、はい!?」 わ! ばか! 大きな声出すな! 戸惑いで素っ頓狂な声を上げた古泉と、思わず大声でツッコミを入れてしまった俺。 「だぁれぇじゃぁ?」 当然、その平屋の主は俺たちの方へと振り向くのであった。 と、同時にそいつの影に隠れていた別の風景が俺たちの度肝を抜く。 「ハルヒ!?」「涼宮さん!?」 そう、その向こうの、厳かな縁取りをされた楕円の鏡の中には見紛うはずがない。 北高制服姿の涼宮ハルヒが鏡をバンバン叩きながら、声は聞こえないが、その表情は悲壮感溢れて何かを俺たちに訴えかけているのである。 「ほぉ……どうやら、この娘を取り戻しに来たらしいなぁ……じゃが……そうはさせんぞぇ……」 ゆらり、と『奴』が俺たちに正対する。 黒いローブに顔全体を覆うかのような剛毛の髭と髪、その瞳には狂気が宿っている。 手には三日月の刃を持つシルバーの大きな杖。それを難なく振り回してやがる。 見た目は老人なのだが、菅、仙石、枝野、前原、野田、玄葉、渡部、安住といった2011年の日本を混沌の渦に陥れた連中並みの卑しさが面に滲んでやがる。一目で判断できるぜ。こいつは間違いなくクソ野郎だ。百害あって一利無しのクズだ。 しかし何だってハルヒはこんなところに居やがるんだ? いや、その前に本物のハルヒか? 「ええ。間違いありません。あちらにいるのは本物の涼宮さんです。おそらくは僕たちをこの世界に呼び込んだ時同様、ご本人も登場させてしまったのでしょう。そして運悪く、この男に捕まってしまった……」 なるほどな。で、もう一つ大事なことを聞く。 「それは大丈夫ですよ。この老人は涼宮さんを閉じ込るまでしかしていません。あなたが危惧なされるようなことは一切なかったと見て大丈夫でしょう」 そうか。ハルヒの精神鑑定にかけては俺をも凌ぐ古泉の言葉だ。信じても大丈夫だろう。 何より、もしこのジジイがハルヒに良からぬことをしたのであれば、俺もこいつもブチ切れて突っかかって行っただろうからな。 「古泉……俺の予想通りならハルヒを助け出すにはこのジジイをぶっ倒すしかないぜ……できるか?」 「と言うことは、僕があの老人を引きつけている内にあなたが涼宮さんを助け出す、という作戦は使えないってことですね?」 「その通りだ」 「……どうします?」 俺が奴を引きつける。お前はその間に、あの赤玉を最大威力まで高めろ。 「マジですか?」 「えらくマジだ」 俺の決意を聞いた古泉が一つ、鼻で吹いている。 なんだ? その笑顔は? この場には似つかわしくないぞ。 「いえ、そうではありません。あなたはやはり僕の思っていた通りの人だと嬉しくなったんです」 「む……」 俺は渋面を浮かべて黙り込むしかない。 確かに俺は、ここに来る前に『傍観者でいる』と言った。にも関わらず、今の俺は率先して自分の身を危険に晒してしまっている。 「やかましい! とにかく打ち合わせ通り行くぞ!」 「はい!」 吠えて俺は地を蹴った! もちろん、ごく普通の一般人である俺がこいつに突っかかっていったところで結果は見えている。 もし、本当に俺に『何の力もない』なら、な。 しかし、ここはハルヒが創り出した世界だ。自分の思い通りに世界を創れるハルヒが望んだ世界がここなんだ。 朝比奈さんにはみくるビームが備わっていた。長門は魔法を使えた。古泉だって閉鎖空間でないにも関わらず超能力を行使できたんだ。 なら、たった一つだけだが、俺にも備わっている力があるはずだ。 さっき言った、『俺に特殊能力は備わっていない』を撤回する! ハルヒ! お前を信じるぜ! 「俺の本気を――喰らってみるか!」 猛スピードでダッシュする俺はそんなことを口走っていた。 「くらえぇぇぇぇぇぇ!」 両手を振りかぶると同時に、いきなり何かを握っている感触が全身を駆け巡る! よし! 迷わず俺はそれを――釘がたくさん刺さった金属バットを振り下ろし、 呪文詠唱中であったジジイのドタマを力いっぱいどついて呪文を中断させ、瞬間、片手バットに持ち替えて、怒涛の突き攻撃! 当然ジジイは吹っ飛ぶ! 俺はバットを投げ捨てた。 「こいつでとどめだ!」 再び左手に宿る、いったいどこから出てきたのかがまったく分からん黄色いメガホン! そいつが回転しながらジジイの胸を貫く! 何? 老人にんな手加減なしの攻撃していいのか、だと? いいに決まってんだろ! 俺たちSOS団はハルヒを盛りたて、ハルヒを守るためにいるんだ! そんなハルヒを軟禁した野郎だぞ! 許せるわけがない! ジジイが再び吹っ飛び、 「どいてください!」 背後から古泉の咆哮が俺を伏せさせる! 「ふんもっふ!」 ここでもどういう訳か、古泉は妙な掛け声をあげ、赤玉を軽く上にやり、バレーのスパイクの要領で思いっきり赤玉を撃ち出す! もちろんジジイに直撃だ! 着弾と同時にド派手な大爆撃音が周囲を震わせて―― 「終わりですか?」 古泉が会心の静かな笑みを浮かべるセリフを言ったその時には、 そこにはもう、老人の姿はなく、爆風に漂う砂煙が奴のなれの果てが如く、四散していくのであった。 随分、あっけないかもしれんが、これで良かったんだ。なんせ一気にかからないとあのジジイは相当厄介な相手だったからな。 で、これでハルヒを助け出してハッピーエンド。 みんなで元の世界に戻れるなら、それが一番良かったんだが、当然、そんな問屋は卸されなくて、事態はさらに厄介な方へと進むことになる。 当然だろ? 今回はハルヒも自分の力に巻き込まれたんだ。 この世界から脱出するためには、たかだか中ボス一匹倒したところで済む訳がないってことだ。 「で、お前は一体何をやってたんだ?」 「分かんないわよ! 何か急に眠くなったと思ったら、いきなり目の前に変なジジイがいるし、あたしは鏡の中に閉じ込められちゃってたし!」 俺の冷静な問いに、助かった安心感からか、俺にしがみついてきたハルヒが逆ギレして叫んだのである。 あーうるさ。 「もしかして、今日、さくらさんが言ったことをやっておられた、と言うことでしょうか? 涼宮さん」 古泉が腕組みをして、しかし、いつもの爽やかな笑顔に戻って静かに問いかけてくる。 「あ、うん……昼間にさくらさんがクリエイターになってみたら、って言ってたから漫画描こうと思ってプロット創ってたんだけど……」 「なるほど、そういうことですか」 おぅ。今回は俺でも分かったぞ。 「はい、そういうことです。おそらく涼宮さんは――」 いつも通り、解説好きの古泉らしく、話を続けようとしたのだろうけど、俺たちは古泉の次の句を聞くことはできなかった。 何故かって? それはだな…… 「何で!? 何でいきなり古泉くんが消えて、と言うか、家も消えて、いきなり、あたしたちはサバンナっぽい草原の中にいるわけ!? しかもあからさまに怪しい茂みに囲まれてるし!」 と言う訳だ。 なんで何の脈絡もなく、俺たちは二人だけでこんなところにいるんだよ。 俺はやれやれと嘆息を吐く…… などという暇などまったくなかった。 そう、ハルヒが言った『怪しい茂み』が一斉にガサガサ羽音を立てやがったのである。 と言うことだは…… 比喩ではなく、文字通りズシンという効果音が聞こえてきて、明らかにはち切れんばかりの太ももの筋肉美を魅せつける、巨大なトノサマバッタの大群が俺たちを取り囲んだのであった。 一難去ってまた一難。 その格言がやけに俺の頭の中に響き続けていやがる。 涼宮ハルヒの遡及Ⅵ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3662.html
4.窮地 ハルヒが倒れてから6日が経った。 長門によると、決戦は明日の13時前後らしい。 「13時5分の前後10分間」 これが長門の予測だった。長門には本当に頭が上がらないな。 これが終わったら図書館&古本屋ツアーだ。ハルヒに文句は言わせん。 明日にはハルヒに会える。 俺はそう思っていた。 世の中上手く行かないもんだ。 いや、俺がこいつらの存在を忘れていたのが悪いのかもな。 今、俺の目の前で、朝比奈さん(みちる)誘拐犯、橘京子が微笑んでいる。 「ああ、早く病院行かなきゃならんな」 とりあえず何も見なかったことにしよう。 「んもうっ、待ってくださいよ!」 何か言ってるな。聞こえん。 「涼宮さんのことですよ!」 「……ハルヒだと?」 佐々木じゃないのか。 「ふぅ、やっと止まってくれた」 足を止めて橘を見る。正直、関わりたくはない相手だ。 ハルヒは大丈夫だ、明日には目覚めるさ。 そう思っても、こいつがハルヒの名前を口に出すと反応せざるを得ない。 信用は絶対にできないが。 「で、ハルヒがどうした。サッサと言え」 「あなたは涼宮さんが明日目覚めると思ってるんでしょう」 何でこいつがそんなことを知ってるか、何て今更どうでもいい。 『機関』と同じような組織だ。調べる伝手なんかいくらでもあるんだろう。 しかし、何で今更俺にそんなことを言ってくるんだ? ハルヒがこのまま情報生命素子とやらに乗っ取られるのは、こいつらにとっても不都合なはずだ。 こいつらに俺たちを邪魔する理由は思い当たらない。 まだ邪魔しに来たと決まったわけではないが。 「それがどうした。お前には関係ない」 「そんな言い方酷い。……まあ、それはいいですけど。 それより、涼宮さんは明日になっても目覚めない、と言ったらどうしますか?」 何を言っているんだこいつは。ハルヒが明日目覚めない? 長門は明日、ハルヒの情報生命素子を消去すると言い切った。 こいつと長門、俺がどちらを信じるかなんてことは言うまでもない。 「あ、信じてないでしょう。無理もないか。今は伝えるだけでいいです。 明日、涼宮さんは目覚めません。手遅れになる前に手を打たないと」 「お前が未来人だとは思わなかった」 まともに相手してやる気はない。だが、こんな予言めいたことを言う理由は気になる。 「まさか。未来人ならこんなはっきり明日のことは言わないはず」 それは確かにそうだ。未来のことをはっきり言うのは禁則事項らいしからな。 「まあ、簡単に気が変わるとは思ってなかったけど……」 簡単でも複雑でも、俺がお前らに協力することはねぇよ。 「いつまでそう言っていられるかしら? まあいいわ、またすぐに会うことになるんだから」 そう言うと、笑顔のままひらひらと手を振って去っていった。 何しに来たんだ? 俺を不安に陥れようとしたなら大失敗だぜ。 しばらく悩んだ俺は、古泉の携帯に電話してみた。 あいつらの行動とその目的を機関が把握しているか確認したくなったからだ。 電話が通じるところにいない可能性が高い。 だが、予想に反して携帯は通じた。 『もしもし』 ……俺は思わず携帯を離してまじまじと見てしまった。 かけ間違えたか? 出たのは女性だった。 『もしもし? 大丈夫です、これは古泉の携帯で間違いありません』 受話器から聞こえてくる声で俺は冷静になった。 驚かせてくれたな、古泉め。 「その声は森さんですか?」 電話越しでも聞き覚えのある声は、完璧なメイドにして怒らせると恐ろしい機関のエージェント、森さんだった。 『はい、お久しぶりです。古泉が閉鎖空間にいるときと就寝時、機関の人間の内 あなた方がご存じの人間がこの携帯を預かることになっています』 なるほど。いつでも連絡が取れるようにという機関の配慮だろう。 「ああ、すみません、びっくりしてしまって。それで、用件なんですが……」 『橘京子があなたと接触したことですね』 ……やれやれ、さすがにわかっていたのか。俺は尾行でもされているのか? 『結果的には尾行になりますが、目的はあなたの安全です。今は緊急事態ですから』 森さんはあっさり認めた。 『それに、橘京子の方にももちろん監視がついています。 今回あなたと接触しようとしていることも掴んでいました』 本当にやれやれだ。そこまでわかっていたなら教えておいてくれてもいいだろうが。 機関も未来人同様、秘密主義をモットーとしているのか? 「で、あいつは何で俺のところに来たんですか? ハルヒが目覚めないなんて戯言をほざいていましたが」 『……そんなことを言っていたようですね』 ん? この言い方だと今の俺たちの会話で初めて知ったようだが? 知らなかったのかよ おい! これが古泉相手なら嫌味の2つや3つ言ってやりたくなるが、相手は森さんなので素直に聞く。 「把握されてなかったんですか」 『申し訳ございません。我々としましても何とか把握したいとは思っていたのですが、 不自然な邪魔ばかり入りまして』 不自然な邪魔? 『ええ、おそらくは人外の、と言っていいと思います』 人外ってことは…… 「宇宙的な力で邪魔されたと言うことですか」 あっちにも長門たちとは別の宇宙人がいたからな。 『証拠があるわけではありませんが、そのように推測しております』 そりゃ、普通の人間が太刀打ちはできないよな。 『橘京子の発言について、こちらもこれから検討に入ります。 周防九曜は監視をすり抜けて活動しています。何かあるかもしれません。 事実だとすると時間がなさ過ぎます。急がないと』 周防の活動、と聞いて寒気が走った。橘の警告。まさか何かたくらんでやがるのか。 だが、俺は長門を信じる。古泉がらみで今回は機関も信じてやってもいい。 絶対に、何とかなる。 病院に着くと、ハルヒの母親がいた。 初日に会って以来、俺は初めてあった。 ほとんど午前中に来ているらしい。 1日中ついていると言い張ったらしいが、病院の方でなだめたと聞いた。 長門が1日ついていることは隠しているらしい。 「あなたがキョンくんでしょ」 いきなり言われて戸惑った。 「あ、はい、そうですが……」 「いつも娘がお世話になってるみたいね。ありがとう」 「えっ いえ、そんなことは……」 一体ハルヒは家で俺のことをどういう風に話しているんだろう。 「こんなにお友達が心配しているの1週間も起きないなんて……」 ハルヒ母は、悲しげな目をハルヒに向けて言った。 特に異常はないが何故か目覚めない、そう聞かされているはずだ。 原因がわからないのでますます不安になるだろう。 「中学のときだったら、お見舞いに来てくれる友達なんていなかったと思うの」 ハルヒを見つめながら独り言のようにハルヒ母は続ける。 「それが今はずっとついてくれているお友達がこんなにいるものね。この子は幸せ物だわ。 ──あんまりお友達に心配かけてないで、早く起きなさい、ハルヒ」 言いながら涙目のハルヒ母を見て、俺は何も言えなかった。 本当のことを知らされないってのも辛い物だよな。 ハルヒ、お袋さんも心配してるぜ。頑張ってくれ。 そのとき、ドアがバタンと大きな音を立てて開いた。 おいここは病院だぞ。こんなドアの開け方をする奴はハルヒ1人で十分だ。 「きょ、キョンくん!! た、たた大変です!!!!」 「朝比奈さん!?」 朝比奈さんがこんなドアの開け方をするなんて珍しい、というかありえねえ。 何かあったのは顔を見れば一目瞭然だ。これ以上ないくらい焦っている。 「な、長門さんが、長門さんが……!!!」 大きな目からボロボロ涙をこぼし始めた朝比奈さんは、それ以上説明できなくなってしまった。 「落ち着いてください、長門がどうしたんですか?」 聞いても既に号泣してしまっている朝比奈さんは何も説明してくれない。 「長門はどこにいるんですか? とりあえず案内してください」 そう言うと朝比奈さんは泣きながらうなずいて病室の外に出て行ったので、俺もついていくことにした。 「お騒がせしてすみません、失礼します」 ハルヒ母に頭を下げると、病室を後にした。 ここまで来て、長門に何があった!? 「すみません、落ち着いたらでいいから説明してくれると嬉しいんですが」 泣きじゃくりながら俺を案内する朝比奈さんに聞いてみた。 無理っぽいけどな。 俺の中の不安がだんだん形になってくる。 『明日、涼宮さんは目覚めません』 橘の言葉がよみがえってきた。くそっ あいつらが何かしやがったんじゃないだろうな。 「うっ ぐすっ……す、涼宮さんのお母さんが、みえたんです、だから席を外して……」 泣きじゃくりながら何とか説明をし始めたところで、ハルヒの病室とは少し離れた部屋に着いた。 ドアを開けると、ベッドに長門が寝ていた。休憩しているのか? いや、そんなわけはない。だったら朝比奈さんが泣き出すわけがない。 「そ、そしたら……ぐすっ……突然、長門さんが……た、倒れて」 状況は把握した。だが、長門が倒れる? 過去に長門が倒れたのときには必ず関わってる奴がいやがった。 雪山のとき。そして今年の春。 「畜生、あいつか……」 情報統合思念体が「天蓋領域」と名付けたやつ。 いまいち、というか全然何考えてるかわからない存在だ。 長門の親玉にすらわからないんだ、俺になんかわかるはずもない。 あいつらにも、長門がいないとハルヒを助けられないことくらいはわかってると思うが。 だったら何故? 「わ、わたし、何もできなくて……ぐすっ 長門さんが、大変なのに……」 朝比奈さんが泣いている。 泣かないでください、俺も同じです。 何もできねぇよ、畜生! 何とかしないと……どうする? 焦って思考がまとまらない。 長門──情報統合思念体によるインターフェース。 二度と会いたくないが、朝倉がいたらこの際代わりに頼りたいくらいだ。 朝倉? そうか! 俺は携帯を取り出して古泉に電話をかけた。 『もしもし』 今度は古泉が出た。 「古泉か。長門が倒れた」 時間があまりない。単刀直入に話す。 『ええ、聞いています。僕も今そちらに向かっているところです』 「原因は天蓋領域か」 『おそらく。周防九曜の動きが全くつかめていません。何かしたのではないかと』 やはりな。 「そこでだな、今気がついたんだが、喜緑さんに連絡を取れないかと思ったんだが」 この際喜緑さんじゃなてく、他のインターフェースでもいい。 機関は複数のTFEIとコンタクトを取っている、と言っていた。 長門以外の宇宙人でも、長門と同じことができるはずだ。 「情報統合思念体の派閥が違っても、ハルヒの今の状態が面白くないのは同じなはずだ。 情報生命素子とやらを何とかするのに異論はないはずだろ」 俺は古泉に言った。 『それに気付くとはさすがですね』 嫌味かよ。 『いえいえ、純粋に賞賛の言葉ですよ。ですが、残念ながら無理です』 「無理? 何でだよっ!」 電話越しに突っかかる。目の前にいたら襟首を掴んでいるところだ。 『今朝から、機関が把握しているTFEIと連絡が取れなくなりました。 原因は長門さんと同じと思われます』 「なんだって?」 つまり情報統合思念体製インターフェースは、すべて活動停止に追いやられているってことか。 『そういうことです。長門さんは、最後まで動いていました。 状況はわかっているようでしたし、注意する、と言ってくださっていたのですが……』 なんてこった。長門は気がついていたのか。 気がついて、何とかしようと努力してダメだった。 まるで1年前のあのときのように。 また何も言わずに1人で抱えてたのかよ、長門! 『あなたには言うなと言われていましたが、状況が状況ですので。それでは、後ほど』 電話が切れた。 ちょっとショックだった。俺に隠したかったのか? 「違いますよぉ」 いつの間にか泣きやんでいた朝比奈さんが、まだ涙の浮かぶ目で俺を見て言った。 「長門さんは今のキョンくんに、涼宮さんだけを心配していて欲しかったんです」 そんなこと言われたって、この状態で長門を心配するなっていうほうが無理だ。 「長門さんはキョンくんに余計な心配かけたくなかっただけなんです」 言いたいことはわからないでもない。 それでも、やはりショックは抜けなかった。 そりゃ、俺は何もできないが、少しは頼って欲しかったよ、長門。 「すみません、少し頭冷やしてきます」 なんと言っていいかわからず、俺は部屋から逃げ出した。 外に出ると、古泉が到着したところだった。 「どうしたんです? わざわざ出迎えてくれるとは」 俺を見つけると、古泉が声をかけてきた。 「そんなわけないだろ。頭冷やしに出てきただけだ」 「あなたがショックを受けているのはわかりますよ」 古泉が真顔で言った。 「僕だってそうですから」 お前も? 少なくともお前は長門から話を聞いていただろうが。 「いえ、ただ一言『注意する』とだけ。具体的に何が起こっているかは何も聞いていません」 そうか。やはり1人で何とかしようとしていたのか。 「しかし、今回は正真正銘の緊急事態です。 長門さんはこちらの唯一のカードにして切り札だった。それを奪われたわけですからね」 その通りだ。長門がいなきゃ、ハルヒは助からない。 意識が戻っても、既に中身は違う人間だ。実際、どういう人間になるのかもわからない。 そんなことは絶対に避けなければ駄目だ。 「俺たちはどうすりゃいい?」 古泉に聞いた。こいつなら、何かいい案を出してくれるかもしれない。 だが、古泉は首を横に振った。 「機関の上の方は恐慌状態ですよ。こちらは何の手も打てないのですから」 そりゃそうだろう。機関と言っても、所詮はただの人間の集まりだ。 「でも、少なくとも僕たちは諦めるわけにはいきません」 いつになく真剣な目で古泉は俺を見つめた。 この『僕たち』というのはSOS団のことだ。 「そうだな、諦めるわけにはいかねぇよな」 ──俺たちだけは、な。 5.選択へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5142.html
そして公園へと戻った俺は、別れ際の朝比奈さんの言葉を思い出して切ない気持ちを抱いていた。 ……いつかまた会えるといいな。あさく――、 「あ、先輩おかえりなさいっ。朝倉って人はどうでした? フフ、ちゃんとガツンとかましてきましたよね? 先輩を傷つけるような悪い人は……って、」 俺が唖然とした表情を貼り付けているのを見た朝比奈みゆきはポカンと、 「どうしたんですか? 呆けた顔しちゃってますよ?」 ……涙が出そうになった。 なぜ今まで気がつかなかったのか。そうだよ。この声と、この髪の色は――。 「――いや、朝倉は悪い奴なんかじゃなかったよ。とても人思いの奴で、良い奴だった。……ホントに、ありがとうな」 「ほえ?」キョトンとした後、「フフ、おかしな先輩。なんでわたしにお礼なんて言うんですか?」 「あ、いや、すまない。……なんとなく、な」 「んー、今度は謝るなんて、やっぱりおかしな先輩っ」 カラカラと笑う朝比奈みゆき。いや――お前は、朝倉だったんだな。 俺が輪廻転生という仏教思想を何ともなしに感じていると、 「こんにちは涼宮さん。古泉一樹です、よろしく」 「……あなたが超能力者なの? よろしくね」 古泉とハルヒが挨拶を交わしていた。幼いハルヒは俺をチラリと見ると、 「ふうん? 古泉くんって言ったっけ。あなたも中々カッコいいじゃない」 ハンサム仮面がハンサムだってことは否定できないが、惚れるなよ。 「なによ? もしかしてやきもち焼いてるの?」 「焼くか」 とは言いつつも、思えばこのハルヒが古泉に一目惚れする可能性も十分あったんじゃないかという考えが浮上してきた俺は、何となく複雑な心境になってしまった。 なぜそんな気持ちになったのかを考えようとして即中止したところで、 「……どうやら、万事上手いこと進んだようですね」 古泉が小声で囁いてきた。俺は、 「ああ、てゆーか古泉。お前は一体何をやってたんだ?」 「僕は……そうですね、説明の前に、一つ話をしてもよろしいでしょうか?」 余計な話が増えるのはご免だがな。と言うと古泉は笑って、 「人の人生を時間平面の連続という観点で捉えれば、それはまるで自分の物語が書かれていく一冊の小説みたいだとは思いませんか? そして僕は、長門さんにあなたの小説を覗いてきてもらったのです。僕の行動を端的に言い表すならばそういうことですね。もしかしたらこのことが、長門さんが読書家である理由となったのかも知れません」 俺の小説? 自叙伝を書くと言ってたのはお前だし、俺は日記を書くこともしちゃいなかったが。 という疑問が生じたが、まあ、何はともあれ結果は出たんだ。よく話は掴めないがまあいいだろ。考えるのも面倒だしな。 「それなら僕も助かりますが」 俺は微笑を湛えた古泉から周囲へと意識を移行させる。すると、 「あれ? 長門おねえちゃんは? まだ帰ってきてないんですか?」 キョロキョロと周囲を見渡す朝比奈みゆき。朝比奈さん(大)は、 「……長門さんも、そろそろ帰ってくるはずよ。安心してね」 ……すると牡丹雪のような淡い光の結晶が、一縷の光とともに複数舞い降りてきたかのような幻想的な模様が映し出され始めた。 そして収束した光が一気に放出されたようなまばゆい光の後、そこには、長門の姿が――。 「……て、眼鏡付きなのか?」 意表をつかれた俺に古泉が、 「……すみませんが、少々目をつむって頂いてもよろしいですか?」 いきなり妙なことを言いだした。よもや先程のドラマティックな光景に刺激されて、誰彼構わず口付けでもしたくなったのではあるまいな。そういや、前にもこんなことを言われた覚えがある。まあ、そのときはハルヒの精神の中へと飛び込む準備のためだったのだが。 「そう怖い顔をなさらずに。キスなどしませんよ。雪山での遭難の際、僕の部屋に入ってきたあなたの行動にかなり背筋を冷やした経験もありますので、僕にそちらの気はナッシングです」 「あたりまえだ」 と言いながら俺は古泉の言葉に従った。理由を聞く暇があったら、その時間を目をつむることにまわした方が効率的だからな。唇を狙っているわけでもなかったし、それくらいの要求なら何も言わずに受けてやるとも。 すると古泉は俺の頭にちょんと触れ、それはまるで俺の精神を引き抜いた際のような所作だったが、 「いえ、虫が止まっていたのでね。振り払っただけですよ」 まるで嘯くようなスマイルを浮かべて古泉が説明し、俺は古泉を横目に再度長門の方へと視線を移した。 そして長門はゆっくり眼鏡を外すと、 「……長門おねえちゃんおかえりなさいっ」 もはや突進としか言いようのないスピードで飛び込んできた朝比奈みゆきの抱擁を受けた。 「おかえりなさいっ」 朝比奈みゆきは二度歓迎の言葉をかけると長門の顔を覗き込み、 「良かった。この時代の長門おねえちゃんの雰囲気だ。フフ、うれしいです」 長門はニッコリと笑う少女の顔を見つめ、そして、雪解けのようにやわらかな笑みを浮かべて――ゆっくりと、帰還の挨拶をみんなへと向けた。 「……ただいま」 ……この笑顔を見るために、どれほど遠回りをしただろうか。 だけど、得たモノだって多いんだ。その中でも……この世界での長門の笑顔はとびっきりだろうな。 ――おかえり、長門。 そして、みんなが俺と同じような言葉をかけている中、 「長門さん、おかえりなさい。……良かった。帰ってきてくれて」 この朝比奈さん(小)の言葉に長門は顕著な反応を示し、朝比奈さんを自分のもとへと呼び寄せた。 そして己の右手を差し出すと、 「あなたに施された処理を解除する。掴んで」 「あ……そうでしたね。いけない、すっかり忘れちゃってました」 長門は朝比奈さんから差し出された手を引き寄せると、長門流のプログラム注入法である噛みつき行為にでた。まったく、これが健全だと思える日が来るとはね。なんせ喜緑さん流がちょいと衝撃的過ぎだったからな。 そう思いつつ喜緑さんの緩やかな笑顔を見ていると、 「忘れ物ならば、長門さんにもあるはずですよ。どうぞこれを」 古泉はやおら長門に近づくと、そういえば俺が古泉に渡していた長門の小説をすっと手渡した。 長門はそれを受け取ると文章に目を配り、ひとときの間をあけるといつもの無表情が映る顔を上げ、片腕でそれを胸元へと運んだ。その動作は長門が本を抱える際のものと一緒だったが、俺が先程のはまた意味合いが違うと感じたのは気のせいではないだろう。間違っても、もう捨てたりなんかするんじゃないぞ。 ――と、今までずっと長門が抱えていた問題も、これにて一応の終幕を迎えたことになるだろう。 長門の物語といえば、あいつの小説にはまだ意味的に残されたページがある。 そう、三枚からなる小説の第一ページ目だ。そこに登場する幽霊少女……前は朝比奈さんのように感じたが、今では――これも何となくだが――朝比奈みゆきのような気がする。そして他の二枚の内容は古泉曰く今回の出来事に繋がっていて、また、朝比奈さんの小説にさえも今回との関わりを感じたので、このページが無意味なものであろうはずがない。一体なんの意味があるのだろうか。 それに、異世界の問題だってある。これの解決の糸口も長門が握っているのだが……。 朝比奈みゆきからじゃれつかれている長門の姿を見ていると、せめて、今だけは……誰も口を挟もうなんて考えやしないのさ。 ふと、俺は隣に顔を向けてみる。 そこには長門を見つめるハルヒがいて、その表情からはどこか羨ましそうな感情が見受けられた。 そんなハルヒの姿を見た俺もまた、再度長門へと視線を固定する。そして――――、 「……なあ、ハルヒ」 「なに?」 「もし、自分の夢が何でも叶っちまう能力があるとしたら……お前はそれを欲しいって思ったりするか?」 ハルヒは顔をこちらに向けて俺と目を合わせた後、また正面を向くと、 「そんなの、誰かがくれるとしてもいらないわ」 またもやハルヒらしくないことをハルヒは言いだした。 「それは反骨精神からきてるのか? どんな願いも叶う力なんて、古今より世界中が欲しがってる代物じゃないか。フリーマーケットで大量に他人の要らんものを買い込むようなお前を知ってる俺としちゃあ驚きだ」 ハルヒはふんと鼻を鳴らすと、 「そんなんじゃないわよ。……だったら、あんたはどうなの? 欲しい?」 「いらねえな」 「なんで?」 なんで……と言われても、それは俺に必要のないものだし、そんなもんが俺に付加されちまったら俺じゃなくなっちまう。だからいらないのさ。 ふうん、とハルヒは呟き、あたしはね、と自分の理由を語り出した。 「さっきの出来事もそうだけどね、こんな人いなくなっちゃえばいいって思うようなことがあっても、その人を消すことは間違ってるってあたしは理解してる。だけど、そんな能力をもったあたしがそう思っちゃえばその人は消えちゃうのよ。だって、消えないでほしいっていうのはあたしにとって嘘でしかないんだもん。つまり何が言いたいのかって言えばね、あたしは人が自分を好きでいるためには、自分に嘘をつくのも大切なことなんだって思うの。だから、嘘がつけなくなるようなそんな能力なんていらないってわけ」 「……へえ」 「なによ?」 自分から聞いといて興味なさそうじゃないとハルヒに言われてしまったが、俺はハルヒの言葉に素直に感嘆していたのだ。 ……そして、一つ気になったことがある。 灰色の、憂鬱な空。――閉鎖空間。 ハルヒがそんな無人の世界を作っちまうのは……その能力で、誰かを消してしまわないようにするためなのだろうか。 「……やっぱり、お前はハルヒなんだな」 ハルヒはお手を求められたときの野良犬くらい何言ってんだといった表情を浮かべているが、これは褒めてるんだぜ。他の奴がこの台詞を言うときは決まってハルヒの素行に辟易してるときだが、俺のこの台詞には、やっぱりハルヒって奴は誰よりも常識的で、人のことを考えることが出来るやつなんだなって意味がこもっている。 それに、自分に嘘をつくってのも大事だって言ってくれるとさ……俺も、今までの自分を肯定できる気がするよ。 俺とハルヒがそんなやり取りを交わしていると、 「もう少しゆっくりしていたいけれど……規定事項はまだ終わりではありません。涼宮さんも元の時間平面に帰らなければなりませんし、それに、キョンくんたちとはあとでまた文芸部室で話すことだってありありますから」 そして朝比奈さん(大)は面をハルヒへと向けると、 「……そろそろお別れの時間です。そして涼宮さんが元の時空に回帰する際、ここでの記憶を行動以前のものに戻さなければなりません。……ですが、涼宮さんが今回体験したことは世界の歴史として残ります。そして、それは少なからずこれからのあなたの未来に影響を及ぼしてしまうの。それは、中学生の涼宮さんに辛い体験をさせてしまうことでもあります。だけど――」 「……みんなが待っててくれるんでしょ?」 ハルヒは申しわけなさそうに言葉を繋げる朝比奈さん(大)を遮り、 「高校生になったら、あたしがみんなを集めてSOS団を作るんだって聞いたもん。あなたたちにまた会えるのなら、あたしは何だって我慢出来る。朝倉って人との約束だってあるし、どんなことがあってもへっちゃらよ」 ……ごめんなさい、と言う大人の朝比奈さんに「それより、聞きたいことがあるんだけど」とハルヒは尋ね、「もしかして……あたしには、どんな願いでも叶える力があるの?」 不安げな少女に対し、教師風お姉さんはどうぞ安心してくださいと言わんばかりの笑顔を作り、 「今の涼宮さんにその力は生まれていません。その力は、あなたが元の時空で普通に過ごすようになって発生しますから」 「そうなんだ。……よかった」 よかったというのはどういった意味だろうか? と俺が疑問に思ったのと同時に、 「あなたに渡しておくものがある」 長門がいつの間にか俺の傍に立っていて、何か俺に渡すと言ってきた。なんだろう。 「涼宮ハルヒの状態を修正するプログラム。あちらの時空間であなたが涼宮ハルヒに使用し、それによって涼宮ハルヒの世界への復帰を図る」 すると長門の手に握られていたメガネがぐにゃりと変形し、別のモノへと変化した。それがどんな物体なのかを伝えるのに詳しい描写は必要ない。 「……針か?」 あえていうなら一般的なまち針程度の長さと細さの針だ。長門はそれを俺の手のひらにスッと落とし、 「先端にプログラムを塗布してある。今回は射出装置を必要としないと判断したため、この姿で創出した」 「…………」 なんというか……まあ、出来すぎている感も否めないな。 「眠り姫……ね」 俺はそう呟き、長門特製針は制服の衿下に刺して携帯することにした。 そんな俺の行動を確認した朝比奈さん(大)は、 「では、これからみゆきと一緒に過去の公園へと向かって下さい。みゆきちゃん、またお願いするね」 朝比奈みゆきの元気な返事の声が上がり、俺とハルヒは活発な少女の後に続く。 「ちょっと待って下さい」 ――と、急に声を出したのは古泉だ。古泉は歩き出した俺たちを呼び止めると、 「すみません。実は、今でなければ言えないことがありましてね。……涼宮さん。不躾なお願いかもしれませんが、あなたの能力で僕の願いを一つ叶えていただきたい。その僕の夢は、今この期を逃してしまえば実現することなどありえないのです」 「え……?」 古泉のイキナリな頼み事に、中学生のハルヒは微量の困惑を覗かせた。 「古泉? 何言ってんだ。お前らしくもない」 謙譲礼節の塊のような奴がえらく独善的な理由で主張している。ハルヒに願い事を叶えて貰おうなんざ、俺は自分でも驚く程考えやしなかったというのに。 呆れた表情を隠さない俺に古泉はイタズラな笑みを向け、 「むしろ、これは僕らしさを得るための願い事なのですよ。……では涼宮さん。どうか、これから話す僕の願いをお聞き届け下さい」 そう言うと、古泉はまるで主君から仕事を仰せつかった時の執事のように片手を胸元に吊り下げて頭を垂れ……粛々と言葉を連ねていった。 「――もし、あなたの心が憂鬱に染まり、あなたの世界が閉じられるようなことが起こってしまったとき……僕、そして僕と志を等しくする者たちにそれを打ち砕く力を与え、そこからあなたを救い出す騎士の役割をお与えください。……それがあなたに望む、僕の願いです」 ハルヒはキョトンと、 「……正義のヒーローってところ? よく分かんないけど……わかった。頑張ってみる」 という話が掴めない場合の常套句で古泉に返事をしていたが……何となく、俺には古泉の行動の意味が掴めていた。 古泉の超能力集団。それに属する人たちはみんな、子供の頃の古泉と同じ夢を持っていたのだ。 そしてこの古泉の言葉によってハルヒがそれを叶え、そして生まれたのが……『機関』というところだろう。 「……お前がナイトなら、ルークは長門、ビショップは朝比奈さん、ポーンは俺ってところだな」 何人分もの雑用を下っ端として受ける俺はまさにポーンだ。 「ふふ。そういうことになるでしょうね。ですが、クイーンの傍に座すのはあなたの役目ですよ」 古泉は俺のワニ目から逃れるようにハルヒへと向き返し、 「お引止めして申しわけありませんでした。それでは、三年後にまた会えるのを楽しみにしています。……お元気で」 こちらこそ、とハルヒは古泉の差し出した手を握り、そしてその二人の握手を最後に、俺とハルヒは朝比奈みゆきの運転するカメ型TPDDに乗って時の止まった公園へと向かったのだった。 「ところでさ、あんたには何か願い事ないの? 聞くだけならしてあげてもいいけど」 公園に着いてすぐハルヒがこう言ってきたので、俺は「庭付き一戸建てが欲しい」などとは言わず、 「そうだな。俺が子供の頃には宇宙人や未来人や超能力者と遊びたいって思ってたんだが……今はお前に、俺たちとまた会える日がくるまで待ってて欲しいって望む位しかないな。だから、それをお願いするよ」 夢がないとハルヒに言われてしまったが、俺にはそれで十分過ぎる程なのだ。 「まあいいけど」とハルヒは「じゃあ……今度はあたしの願いを聞いてもらう番よね」とか言い出した。別に構やしないのだが、俺がハルヒの願いを聞いたところで、何にも…………。 「ん、そうだな。是非聞かせてくれ」 そういえば、それが異世界の問題の答えに繋がるかもしれないんだった。これを聞かないわけにはいかないだろう。 するとハルヒは、不意に、どういった顔をしたらいいのか分からないときに作る仏頂面を浮かべ、 「――あたしね、やっぱり今日の出来事って夢だったんだって思うの。そしてあたしは今から目覚めることになるんだけど……白雪姫や眠り姫が起きるためにはさ、必要なことがあるじゃない? だから……」 ボッという音が聞こえた気がする。明らかにハルヒは顔を真っ赤にして、うつむき加減にボソボソと、 「……キス」 と言ったがちょっと待て。ここでそうなると、俺は元の時間に戻ってからも強制的にそれをやらされるハメになっちまうんだ。俺はその強制的というのが好かん。っていうか、突然何を言い出してるんだよお前は。……マジなのか? と、眼前のハルヒは慌てふためくという言葉をあらん限り体現しながら、 「――ち、違うわよっ! お別れするときの単なる欧米的挨拶よ! それに、あたしを思いっきり抱き締めてきたあんたにも責任あるんだからね!」 「な、」 ……見に覚えがないわけではない。思い返せば、朝倉からハルヒを守るときに無我夢中でそんな行為に及んじまったような気がする。 いや待て。だからってキスはないだろう。それはハルヒの言う無茶とはまた別系統の無茶だ。そういうのを言い合う関係がなんだか知ってるか? 教えてやる。爽やかカップルだ。 「あのな、俺は帰ったらまたお前と顔を合わすんだぞ。もしかして、俺を混乱させるのが目的なのか?」 ぐ、っとハルヒは言いよどむと、 「だって……また会える保障なんてないじゃない……。それに、あたしに能力が生まれちゃったら……キョンを……」 「俺を、なんだ?」 「う……。何でもないわよっ、馬鹿キョン!」 それっきり、ハルヒは開き直ったようにプイとそっぽを向いてしまった。 それをどうにかしようにも俺にはハルヒの言っていることが殆ど理解出来ないので、対処の方法など見つかりやしない。何処かにハルヒの言動に潜む謎を解き明かしてくれるやつが居ないか探さないとな。もちろん無償で。 だが。 目の前でぶすくれているハルヒが、この公園で最初に見つけた時とは明らかに違うというのは俺の目から見ても明らかだ。 どう違うのか、というより……このハルヒこそ、俺の知っているハルヒなんだよな。 「……ハルヒ」 俺の呼びかけに、ハルヒは不機嫌そうに横目で俺を見る。 「お前は静かにしてるより、そうやってる方が可愛らしいぞ」 「へ?」 俺はハルヒへと歩み寄り、目の前の、いつぞやの閉鎖空間のときよりも小柄な肩に手を掛ける。状況が飲み込めていないハルヒは、自分の肩に置かれた手、そして目前の俺の顔という順番で視線を移動させ、何かを言いたいが声にすることが叶わないといった様子で俺を見つめる。俺はそんなハルヒに、 「そろそろお別れだ。今日は色々とすまなかったな、なにぶん急な呼び出しだったし、お前を危険な目にだってあわせちまった。けど安心してくれ。俺たちはまた絶対に会える。なんなら、今からその約束をしたっていいくらいだ。……だからハルヒ。少しだけ目をつむってくれないか」 「あ……」 恐る恐る俺の話を聞いていたハルヒは、俺の瞳を見つめると体中の力を抜き、緩やかにその目を閉じた。 俺はそれを確認すると、制服に忍ばせておいた針を無音で取り出し、 「……すまないな。眠り姫は閉ざされた城の中で目覚めるんだ。お前には、高校に入ってすぐそのときがやってくる。そして俺はかならずそこに行くから――それが約束だ。……またな、ハルヒ」 そして俺は長門特製針をハルヒの手の甲につけ、見た目的にも眠り姫となった少女を公園のベンチへと寝かせた。俺はその幼い顔に七夕での出来事を想起しながら……みんなの待つ、俺の世界へと帰還した。 「どうです? お別れのキス位は済ませてきたのではないですか?」 帰還した直後、早速古泉の奴が何か言ってきた。なんのことかなあ。 「……もしやとは思いますが」 「するか。ハルヒだって言っても妹とたいして変わりゃしない年頃だし、それは違うだろ」 と言いながらも自分から古泉に意味ありげな反応をしてしまった手前、先程のハルヒとのやり取りをおおよそで説明してやった。すると古泉は健やかな笑顔を浮かべ、 「なるほど。つまり、あなたは涼宮さんに魔法をかけてしまったと」 「かけてない」 「いえ、身も蓋もない言い方であれば後催眠暗示のことです。以前閉鎖空間が世界と取り変わろうとした際、あなたは物語におけるお姫様の逸話になぞらえてそれを回避しましたね。しかし、何故その行為が突破口になり得たのか。それは先程のあなたが中学生の涼宮さんと約束をしたからで、それがあったからこそ王子のキスによって世界が開かれたのですよ」 「…………」 古泉の話を聞き、俺は谷口の話を思い出す。 あのハルヒは俺と再会する約束をしたが、世界が動き出したとき、ハルヒは約束した相手を忘れている。つまり、俺を知らないのだ。 だからあいつは誰かと会う約束をしているような気がしてもその相手が誰だかわからず、そのため、やってくる男たちを断らなかったのではないだろうか。この予測にもとづくならば、東中の眠り姫伝説もあながち間違いではなかったということになる。そして……、 「古泉。俺たちの世界のハルヒなんだが……本当に、宇宙人や未来人や超能力者の存在を知らないままで良いと思うか? なんてったって、それはハルヒの願いに違いないんだ。俺たちの都合でそれを叶えないってのは……ちょっと考えることだと思ったんだが、な」 俺は冗談など飛ばしていないにも関わらず古泉は何故か可笑しそうに、 「それは違いますよ。それらの存在と出会いたいというのはあなたの願望であり、涼宮さんが探していたのは、実は別の者たちだったのですから」 「どういうことだ?」 「中学生の涼宮さんが七夕の日に願ったことですが、あれは妙だとは思いませんか? あの願いを織姫や彦星に伝えたとして、涼宮さんは何を得るつもりだったのでしょう。それ以前に、願い事としても成立していません」 「……そう言われれば、不思議だな」 そして古泉は人差し指を空へ立てると、 「涼宮さんの願い。それは早く迎えに来て欲しいということであり、その相手とは、織姫や彦星、ましてや宇宙人でも未来人でも超能力者でもなく……王子であるあなたであり、長門さん、朝比奈みくるさん、そして僕だったのです。ですから、涼宮さんの願いは既に叶っているのですよ」 「ん……」 そうなると、中学でのハルヒの行動にも合点がいく気がする。 つまりあいつは俺たちと再開する日まで待っていられず、俺たちをずっと探し求めていたのだ。 そして見つからない相手、また会おうと約束した俺たちに対し……ハルヒはあの七夕の日、メッセージを送った。 『――私は、ここにいる』 「……じゃあ、ハルヒが中学時代、不思議を探して一人になっちまうのは……」 「ええ、僕たちのせいでしょうね。だから我々は責任を取らなければならない。僕たちとの出会いによって、彼女に望まぬ力を与えてしまったこと。そして、涼宮さんに孤独な時期を過ごさせてしまったことにね。そのためにやることは、いまさら言うまでもないでしょう」 「そうだな。……ところで古泉。俺さ、それにあたってSOS団の名前を変えようかと思うんだ」 「名称を……ですか?」 それはいかに、と聞く古泉に俺は言ってやった。 「――世界を大いに盛り上げる、涼宮ハルヒのための団。ってのはどうだ?」 実に結構かと、と古泉は笑顔を振りまきながら俺に同意し、あとは何かに満足したような面を浮かべていた。そんな目で俺を見るんじゃない、と言おうかと思ったが、俺はそれに気付かない振りをすることにした。 ――ここで思うことがある。 俺とハルヒとの出会いは、実のところ北校に入る前から始まっていたのだ。 ボーイミーツガールの物語。俺にとってそれは公園での憂鬱なハルヒとの出会いから始まり、先程の約束がアンドグッバイの部分にあたる。……そして、北校でアゲインを迎えるってわけさ。 そう。 こうして俺たちは出会っちまった。 しみじみと思う。この出会いは………… ――運命だと信じたい、と。 第十四章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/24.html
『情緒クラッシャー』 「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 「食ってねぇ」 「言い逃れなんてしても無駄よ!机の上に空の容器が…」 蹴り飛ばされる机。身をすくませるハルヒ。 「食ってねぇ」 「…わかった。食べてないのね」 「あぁ。食ってない」 「…そう」 「謝れよ」 「え…」 「謝るんだよ。俺に。当然のことだろう?勝手な憶測で人を疑ったんだから」 「………」 床に手を付き頭を下げるハルヒ。 「…疑ってごめんなさい」 「…それから?」 「え?」 「さっきのは疑ったことについての謝罪だろ?二度も同じことを言わせたことについての謝罪がないじゃないか」 「…二度も同じことを言わせてごめんなさい」 「いいよ。気にしてないから。俺そういう細かいことを引きずる方じゃないんだ。ただ次からは注意してくれよな。俺はお前のことが大好きだからさ。 もう殴ったりしたくないんだよ。顔面がかぼちゃみたいになってたり、足引きずったりしてるハルヒを見るのはホント辛いんだよ。 なぁ?分かるよなハルヒ?」 「…うん」 「『うん』?」 「は、はい!」 「いい返事だ、ハルヒ。 分かったらさっさとパンツを下ろせよ。あと今週の分な」 「ひぃふぅみぃ…足りてないぞ」 「あの…そのことなんだけど…もうこれ以上…家からお金持ってくるのは…」 ゴッ 「俺は足りてないって言ったんだよ」 「………」 「当たり前だろ。家の金を取るなんて親御さんに悪いじゃないか。だからそれ以外の方法を取ってるんだろ」 「…キョン…お願い…私…限界なの…」 「あ?」 「もうキョン以外とするのイヤ…イヤなの…お願い…もう…」 「…そうか。お前は死ねって言うんだな、俺に。借金があって大変な俺に。そりゃそうだよな。好きでもない男とするのなんて誰だってイヤだよな。 俺だってイヤだよ、大好きなお前を他の奴に抱かせるのなんて。愛してるからな。ハルヒのこと。分かった。死ぬよ、死ねばいいんだろ。死ねばお前も満ぞ…」 「嘘!嘘だから!もっと…もっと私稼ぐから…我慢して…もっといっぱい…!!だからお願い…冗談でも死ぬとかそんな…!」 「そう言ってくれると信じてたよハルヒ。次の分は今日の足りてない分とペナルティー合わせて…4万追加でいいや。お前も少しは寝ないと体もたないだろ?」 「…ありがとう」 「いいって。さ。尻上げろよ。今日はあんまり時間が無いんだ。帰りに長門の家に寄らないといけないんだ。あんまり待たせると可愛そうだからな。あれでアイツさびしがりなところあるんだぜ。あー…きもちぃー♪」 「キョン…私、キョンの彼女なのよね?あ…ん…私達…付き合ってるの…よね?」 「当たり前だろ。あ、今日安全日だっけ?違った?まぁいいか。とにかく出すからなー。 あ、後、次からは焼きプリンで頼むな。今日のはあんまり好きじゃないんだわ」 「う…うぅ…」 「愛してるぜーハルヒー」 ガチャ… ハ「いやっほ~キョ…」 キ「ハルヒ、うるさいぞ、長門は今読書中なんだ、静かにしてあげなさい」 ハ「ごめんなさい…キョン、有希…今日はもう帰るね」 キ「………」 長「………」 バタン 長「………(ハルヒの奴、キョンに注意されて帰ってやんのwwwwwざまぁwwwwww)」 『右から左へ』 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 キョン「次の休みどこ行きます?」 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン!?」 みくる「そうですねぇ。あ。そろそろ紅葉がキレイな季節じゃないですか?」 ハルヒ「あたしのプリン食べたでしょ!?」 古泉「なるほど。紅葉狩りというわけですね。確かに今が一番いい時期かもしれません」 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?キョン!?」 長門「こうよう…」 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 キョン「お。長門、紅葉を知らないのか」 ハルヒ「ちょっと!ちょっと!キョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 長門「………」 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしの、あたしのプリン食べたでしょ!?」 みくる「えっとぉ…冬が近付くと一部の植物がぁ…」 ハルヒ「ちょっと!あたしのプリン食べたでしょ!?」 古泉「朝比奈さん、百聞は一見に如かず。理屈よりも、連れて行って差し上げれば一目瞭然ですよ」 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン、プリン食べたでしょ!?」 キョン「決まりだな。正直ボーリングだ、カラオケだって金も続かなくなってたとこだし、ちょうどいいぜ」 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?食べたでしょ!?」 みくる「私、お弁当作りますねぇ」 ハルヒ「ちょっとキョン!キョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 キョン「ありがたいなぁ!さ。今日はそろそろ帰りましょうか」 ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン!あたしのプリン食べたで…」 バタン ハルヒ「ちょっとキョン! 咽喉が渇いたから『ドンッ!』っ!?」 キョン「何だって?」 ハルヒ「な、何するのよ! 吃驚するじゃ『ドンッ!』ひっ!?」 キョン「だから何だって?」 ハルヒ「や、やめて『ドォンッ!』よぉっ!?」 キョン「聞こえねーよ。何が言いたいんだよ、ったく」 ハルヒ「つ、机『ドン!』っひ、ぃ、『ドン!』蹴らない『ドォン!』で、よぉ……」 キョン「あー? 聞こえねーっつーの」 ハルヒ「……うぅ」 ナッパ「白菜うめぇwwww」 あたしは今いじめにあっている。 でも、そんなの中学からのことだった。 みんな馬鹿だからそうなんだって思ってた。 でも、高校に来ていじめはエスカレートしていった。 移動教室から帰ってくると机には「気違い死ね」の文字が書かれていた。 それだけじゃなくて、鞄にも「キモイ死ね」の文字。 ご丁寧にも油性のマジックで書くものだから落ちない。 水で洗っても洗っても落ちない。 部室に行く時は手で隠しながら入った。 ばれたら嫌だったから。 汚れた机を雑巾で拭くと、周りでクスクスと蔑む声が響いた。 でも、あたしのが頭もいいし、顔だっていい。 運動神経だっていいし、こんなやつら一撃で倒せる自信がある。 でも、それはできなかった。 過去に余りに腹を立てて男子を殴ってしまったことがあった。 もちろんあたしは勝った。 でも、次の日集団で来てあたしをリンチした。 ブラジャーを取られて排水溝へと投げ捨てられた。 それがどんどんエスカレートしていった。 止まる事はない延々と続けられる嫌がらせ。 耐えられなくなってあたしはキョンに相談した。 キョンは親身になって聞いてくれた。 あまりの嬉しさに、今までの孤立感、屈辱、羞恥、全てが涙に変わっていた。 その時、あたしはキョンに身体を許してしまった。 次の日、キョンは殺人的な言葉を口にしていた。 「あいつ抱いてやったよ。くせぇしきたねぇし、顔だけだな。ヤリマンだなありゃ」 取り巻きは爆笑。 あたしは人間不信に陥っていった。 誰に相談すればいいんだろう? 悪いのはあたし? あたしは一度だけ自殺を試みました。 紐で首を縛って、力いっぱい引っ張りました。 でも、死ねませんでした。 生きていることに気付いた時、あたしの目からとめどなく涙が溢れました。 今でもあたしは馬鹿な人の卑劣ないじめに耐えています。 悪いのはあたし? 馬鹿キョン馬鹿キョン! と。何度も俺の頭を叩くハルヒの手首を握って制止し、 「止めろ!」ドスの聞いた声と共に、と睨みつけた。 「いい加減にしろ! ったく、毎度毎度。俺はお前の奴隷じゃないんだぞ!」 「何よ! 何か文句あるっていうの。キョンの癖に!」 怖じもへったくれもなく睨み返してきやがる。 その目が、口の聞き方が、傲慢な態度が、全部が癪に触る。 「あんたは黙って私のいう事を聞いていれば良いの!」 「だから! 俺はお前の奴隷じゃないっつーの!」 「はん! 何よ! 文句あるの! 無いわよね! あんたは奴隷よ、奴隷!」 「――っ!」 目の前が真っ赤になった。血が上るどころか、瞬間沸騰した。 何度かこういう事はあったが、桁が違う。止める奴も居ない。 衝動は思考を陵駕する。本気で握りしめた拳は、力の限り振り切られた。 「っ!?」 イスを巻き込み、机にぶつかり、吹き飛ぶハルヒの体。 顎を殴られたうえに、頭を机にでもぶつけたのだろう。 「う、あ、あぁ……っ」 顔を両手で覆い、気持悪い呻き声を上げながら、ジタバタと床の上で跳ねる。 「……もう一回言ってみろ」 髪の毛をつかみ引き摺って、無理矢理に身体を起こす。 痛い痛い痛い……! と喚き散らす。唾を飛ばし、口の端から血を垂らし、喚く。 「な、に……」 すんのよ、とでも言いたかったのだろうか。 言葉が続く前に、顔面を机に思い切り打ちつけてやった。 「おい、聞こえないぞ。しゃきっとしろよ」 髪の毛を引っ張って顔を起こし、耳元で呟いた。 ハルヒはぼろぼろと涙をこぼしながら、鼻血を垂らしている。 俺の顔を見て「ひっ」と顔を痙攣させた。あぁ、どうやら俺が恐いらしい。 「ほらほら。もう一回言ってみろよ? 俺はお前の何だって?」 恐がらせないように、とびきりの笑顔でワンモアトライ。 「ごめ……ん、なさ……い」 ガン! 「……ご、め……な、」 ガン! 「や……め、」 ガンガンガン!!! 「……」 パクパクと口を引き攣らせている。 どうやら「ゆるして」と言っているらしい。 俺はずい分可愛くなってしまったハルヒの顔に唾を吐き、部室を出た。 ハルヒ「みんな聞いて、大ニュースよ大ニュース!!」 !...あれ?あんただれ?」 美代子「引っ越し・引っ越し・ さっさと引っ越し、シバくぞ!」 鶴屋さん「繰ーりー出せー鉄拳~♪」 みくる「ふぇ~」 長門「無理です…」 ハルヒ「ハブられた…」 キョン「あははー」 ハ「やっほーみんな」 キ「お前誰だ?」 ハ「はぁ?何言ってんのアンタ?私はハルヒよ!」 キ「お前こそ頭大丈夫か?はるひはそこに居るだろう」 は「え?呼びましたか?」 ハ「え?」 ハ「……」 ハ「ちょっちょっちょっちょっと!まってアンタ私の派生キャラじゃない!なに私の団長椅子に座ってんのよ!」 は「え?えぇ?あ、あのー」 み「どこの誰か知りませんがはるひちゃんをいじめないでくれませんか?」 キ「つーか派生キャラ?何を言っているんだこいつ?そうかキチガイだ……よし古泉コイツを職員室に連れてくぞ」 古「わかりました」 ハ「ちょっと!話なさいあんた達私が」バタン み「……よしハルヒちゃん今日はめいどさんの服着てみようか?」 は「え?またですか?」 長「…スク水巫女服もある」 は「あ、じゃあめいどさんの服をください」 み「はーいじゃあそっちでお着替えしてくださいね~」 長「スク水巫女服……」 ハルヒ「すごいことを発見したわ!」 キョン「なんだイキナリ」 ハルヒ「谷口のWAWAWAについてよ!」 キョン「ああ、アレについてね。何だ言ってみ、聞くだけ聞いてやる」 ハルヒ「いい?谷口のWAWAWA…パソコンで入力してみてよ、キーボードに注意して!」 キョン「なんでだよ」 ハルヒ「いいから!」 キョン「まったく…、w・a・w・a・w・aっと…ん?…こ、これは!?」 ハルヒ「そう!つまり谷口は突 徒 子 公 太 郎 だ っ た の よ !」 キョン「なんだそんなことかよ…」 ハルヒ「(´・ω・`)」 キョン「…ヌプ」 古泉「ひゃっ!?キョ、キョンたんのえっちぃ!」 キョン「…ドピュ」 古泉「いや~///」 長門「ヴァギナー!!!」 キョン「ちょ、直球だな小娘…」 古泉「…わ?」 長門「ノン ノン ノン 『ヴァ』」 キョン「クチュ…」 長門「ヴァギナー!!!」 古泉「ゃぁ~///」 ハルヒ「ちょっとぉ、ちょっとちょっと!なんで有希は良くて私は無視するのよぉ!?」 キョン「………」 古泉「………」 ハルヒ「なんとかいいなs 長門「ヴァギナー!!!」 ハルヒ「ちょ/// 有希うるさっ 指指すなぁ!///」 古泉「か~え~る~の~う~た~が~」 キョン「か~え~る~の~う~た~が~」 長門「き~こ~え~て~く~る~よ~」 ハルヒ「き~こ~え~て~く~る~よ~」 古泉「………」 キョン「………」 長門「………」 ハルヒ「な、なんなのよあんた達最近!!も、もう知らないんだからっ! ウワァァン。゚(つд`゚)゚。」 バタン 古泉「………」 キョン「………」 長門「……グワッ」 古泉「グワッ」 キョン「ゲロゲロゲロゲロッ」 長門「グワッ」 古泉「グワッ」 キョン「グワッ」 ハルヒ(なんなのよちくしょー!) ハルヒ「あれ?…そういえば最近みくるちゃん見ないわね…」 古泉「………プッ」 長門「………プリッ」 キョン「ひゃ~いw」 ハルヒ「な、何よ、あんた達何か知ってるの?」 古泉「or2=3 プッw」 ハルヒ「腐っ! なによ!い、言いたいことがあるならっ、て本当に臭い!!」 長門「ケアル」 キョン「長門はケアルを唱えた。でもみくるんはアンデッドだった…」 ハルヒ「な……そ、それどういう意味?」 古泉「裏切りに」 キョン「死を」 長門「巨乳に」 キョン「制裁を」 ハルヒ「ちょっと、ちょっとちょっと!あんた達みくるちゃんに何をしたのよ!?」 みくる「あの…私ならずっとここにいるんでしゅけど…」 ハルヒ「答えなさいよキョン!」 みくる「またでしゅか?また無視でしゅか?いい加減にしないと泣きましゅよ?」 ハルヒ「なんで無視するのよ!!」 みくる「せ~の、」 ハルヒ・みくる「ウワァァン。゚(つд`゚)゚。」 キョン「あ~る~日♪」 古泉「あ~る~日♪」 キョン「森の中♪」 古泉「も、もも森さんの膣内…ハァハァ」 キョン「ハルヒに♪」 古泉「電波を」 キョン「出会った♪」 古泉「受信した♪」 キョン「はぁ…」 長門「まぁそうクヨクヨすんなよ。そのうち良いことあるって、なっ?」 キョン「長門…ありがとう…俺頑張るよ!」 古泉「しょ、しょんなことより僕の替え歌どうでしゅたか?」 キョン「イェーイ!イツキたんサイコーwww」 長門「なんか涙出てきた…GJ!」 ハルヒ「………」 シンジ「泣いてるの?」 ハルヒ「な、泣いてなんかないわよ!」 キョン「わいわい」 古泉「がやがや」 長門「きゃっきゃっ」 ハルヒ「ねぇ!みんな今度の連休ぅ……」 キョン「………」 古泉「………」 長門「………」 ハルヒ「あ…ううん、なんでもない…」 キョン「わいわい」 古泉「がやがや」 長門「ざわざわ…」 ハルヒ「………グス」 獅子丸「ハルヒちゃん泣いてるの?」 ハルヒ「な、泣いてなんかっ、て誰よあんた!?」 長門「部室の蛍光灯を白熱灯にしてみた」 キョン「いいんじゃないか。部屋の雰囲気が落ち着いた気がするよ」 古泉「なんか…眠いよ…(つω-`)ゴシゴシ」 キョン「ハハハwまったく、イツキは子供だなぁw」 長門「子守り歌歌ってあげるね」 古泉「う…ん……zzZ」 長門「あら…必要なかったみたい」 キョン「そうみたいだn ハルヒ「歌なら私に任せて!!!」 キョン「!」 長門「!」 古泉「うわっ!なになに!?」 キョン「……チッ」 長門「……ちっ」 ハルヒ(あぁ…伝わる、ただの舌打ちなのに色んな感情が伝わってくるわっ! 主に『空気読めよ電波』みたいな刺々しい負の感情が……!!嬉しい、キョンが今だけは私を無視しないでいてくれてる!) 長門「涼宮アヒルの憂鬱」 ハルヒ「ガアガア、って誰がアヒルじゃい!」ビシィ キョン「おーッと、団長様のノリツッコミだッーーー!サイコーだぜウチの団長はよォッーーー!」 古泉「団長!団長!」 みくる「団長!団長!」 鶴屋さん「団長!団長!」 コンピ研部長「団長!団長!」 コンピ研ズ「団長!団長!」 長門「団長!団長!団長!!団長!!」 一同「団長!!!団長!!!たすけて団長ォーーー!!!!」 ♪~~♪~~♪~~♪~~←あの曲 ハルヒ「わ私が悪かったです!謝りますからどうか、テンションをお鎮め下さいィ~~」バッサバッサ 不思議探索当日。 ハルヒ「キョン遅いわよ罰金ね!」 ハルヒ「じゃあいくわよ、古泉君、有希!」 ハルヒ「午前は大した成果が無かったわね…午後こそ何か見つけること!」 ハルヒ「…今日も何も収穫無し、ね。じゃあ解散、また学校でね」 ハルヒ「………全員にボイコットされたからって一人芝居は寂しかったかな………」 「ハルヒ、好きだ。付き合ってくれ」 「ええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」 「なんだその驚きようは、失礼な」 「何言ってんのよ、あのね、あたしはね、あの、その、そう! つまり団内恋愛は禁止なのよ! わかった? わからなくてもだめー」 「ふふふ、そう言ってくれると思ったぜハルヒよ」 「? ?? ??? なに? なんなの??」 「というわけだ、谷口。俺の勝ちだな」 「ちぃっ、俺の告白も断らなかった涼宮がよりによってキョンの告白を断るとはな……しかたない、麻雀のツケはチャラにしてやる」 「古泉ばっかり相手にしてるとゲームの腕が落ちるんだよなー、ハルヒ、こんどはゲーム付き合ってくれよ」 「まさか、あんたたちあたしがキョンの告白を受け入れるかどうかで賭けしてたんじゃないでしょうね」 「おいキョン、ちょっとヤバイ雰囲気じゃねーか?」 「そうだな、逃げるぞ!」 「待ちなさいこのアホバカども~!!」 「あたしはただ、キョンに告白されたいなって思ってただけだったのにぃ……ぐすん」 長門「SOS団の団長は私。文句ある人は?」 ハルヒ「(´∀`)∩はいぃ~~」 キョン達「異議無し」 ハルヒ「(;´∀`)何でぇ~~?」 長門「新団長をよろしく」 キョン達「団長!団長!よろしく団長!」 ハルヒ「(;´∀`)さみしぃ~~」 キョン「あああああああ!!クッソ涼宮がっ!!ウッゼェェエエエんだよヴォケナスがあぁぁぁあ!!!!」 キョン「死ねっ!!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇええ!!!」 ハルヒ「(ヒッ!やだ、また犯されちゃう……でも、)」ビクビクッ ハルヒ「ちょっと…みんな、私を無視しないでよ……」 ハルヒ「……無視っていうか全員にボイコットされたんだけどね……部活……」 ハルヒ「ちょっと…キョン、私を無視しないでよ……」 キョン「………( ゚ ж ゚;)プルプルプル」 ハルヒ「キョン……どうして私を無視するのよぉ!」 キョン「………(((((; ゚ ж ゚ )))))ガタガタガタブガクルブルブル」 授業中にクラス一のブスの顔に髭が生えてるのを発見した時の俺のリアクション。 はるひ「みんな~次は何して遊ぶ?」 キョン「じゃあおままごとなんかどうだ?」 はるひ「いいよ~じゃあキョンくんが旦那さんで私が奥さん、いつきくんが子供でみくるちゃんはペットのポチ、有希ちゃんはタマだよ~」 古泉「なるほど、父との禁断の関係に溺れる息子の役ですね」 みくる「私はご主人様の忠実なメス犬です♪」 長門「了解、アパートの隣に済む旦那を狙う泥棒猫の役と認識」 幼子の前で何を言い出すんだこいつら はるひ「ちがうよ~へんな設定を付け足さないでよぉ」 ほら見たことか、わけが分からず泣いちゃったじゃないか 古泉「すみません軽いジョークですよ」 みくる「ごめんねはるひちゃん」 長門「謝罪する」 キョン「どうするはるひ?」 はるひ「えへへへじゃあ良いよ!みんなであそぼ」 古泉「(やはりこちらのはるひさんに着いて正解ですね)」 長門「(能力が同じならば観察しやすい方をとる)」 みくる「(しかしあちらのハルヒさんはどうします?)」 古泉「(最近能力自体が弱まっているのが観測されてるので、消滅は近いでしょう)」 長門「(ほっておくのが得策)」 みくる「(ですね)」 ハルヒ「何のつもりよ!!!早くここから出しなさいよ!!」 キョン「フン」 10日後 ハルヒ「いやぁぁぁ・・・・・はやくお家へ返してよぉぉぉ」 キョン「フヒヒヒヒ」 古泉「おい 俺にもやらせろよ」 みくる「あ、ずるい あたしが先!」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/753.html
「あのね、涼宮さんに聞きたいことがあるのね」 「何?」 放課後の教室で、文芸部室に向かおうとしていた俺とハルヒに話しかけてきたのは阪中だ。もちろん返事をしたのはハルヒだ。俺はこんなにそっけない返事はしない、だろう。 「キョンくんにも聞いてほしいのね。相談何だけど…」 阪中の話によると、阪中は面識のあまりない隣のクラスの男子生徒から告白されたらしい。しかし阪中はその男子生徒の事を良く思ってなく断りたいのだが、どう断ったら良いのかわからない。 そこで、中学時代に数々の男をフッてきたハルヒに聞いてみようと考えたらしい。俺は完全にオマケだ。 「でね、明日の放課後にもう一度気持ちを伝えるから、そのときに返事を聞かせてくれって言われたのね」 「そんなの興味ない、の一言で終わりじゃない! 何でそんな簡単なこと言えないのかしら」 「おいおいハルヒ、阪中は普通の女子生徒だぞ? もう少し阪中らしい断り方考えたらどうなんだ?」 「何よ、あたしが普通じゃないみたいな言い方はやめてくれる? それにあたしに相談してきたって事はあたしの流儀を聞きにきたって事よ! あたしのやりかたを言って文句あるの?」 「そうか。それはお前が正しい。だけどそれを押し付けるのはやめろ」 「喧嘩しないでほしいのね」 坂中の言葉で言い争いをやめた俺たちは真剣に協議をし始めた。 ハルヒの席を囲むように座っている。ハルヒと俺はいつもの席で阪中はハルヒの隣にイスを引き寄せて座っている。人が少なくなったので段々と声が大きくなってくる。 「じゃあキョン連れてって『コイツ私の彼氏なの~彼氏いるからむりなのね~』とか言わせて見ようかしら。」 「断じて断る。もっと普通なのはないのか?」 恋愛経験に乏しい俺にはアドバイスができるはずが無く、ハルヒの言った案を通すか通さないか役人的な仕事に専念していた。 ハルヒは非常に非現実的なアイディアばかりだすので俺は却下をくりかえした。阪中は自分の事なのに困った感じはなく、むしろ楽しげだった。 俺は今さらだが阪中は何故ハルヒに相談したんだろうと考えた。坂中の話しぶり、と言うか聞きぶりはハルヒに相談している形を取ってハルヒの過去の恋愛の体験談を聞きだしている感じだった。 不穏なことが起きなければいいのだが、と考えたが阪中なら平気だろうとスルーした。 そういえばルソーの一件以来阪中はハルヒに懐いてる。俺としてはハルヒが学校に溶け込んでる証拠のような気がして少し嬉しく思ってたりもする。 そんな事もあって俺はハルヒのためにも真剣に考えてやろうと思っていた。 「あーもう! 何で却下するのよ!」 「もう少し阪中の事を考えてやれ」 「これ以上はムリよ!!」 「じゃあ涼宮さんが言ってたようにキョンくん連れて行って恋人って言って見ようかななのね」 「こいつの言った意見ではそれが一番マトモなようだが、それは今後に関わるぞ?」 そう、俺の事を恋人と言い切ってしまえば翌日から男子生徒から始まり、少なくともこのクラスと隣のクラスの大半に知られてしまうだろう。 しかも、相手の男子生徒の事を考えると『あれは告白を断るため』とは言えない。 「わたしはいいのね。キョンくんがよければ」 俺が今後の事を考えていると、 「やっぱりキョンくんはわたしじゃ嫌なのね」 とか言われたので咄嗟に、 「嫌じゃあないし噂になるのはこいつのせいで不覚にもなれてしまっているんだ。」 何て口走ってしまう俺はどれだけお調子者なんだろう。ハルヒに助けを求める視線を出すとハルヒは少し不機嫌そうな表情で言った。 「噂になるのは恋愛禁止を掲げているSOS団としては困る事態だわ! 故に却下ね!!」 「じゃあどうするのね」 阪中は困ったように言った。でも俺には多少楽しそうに見える。これだけ考えた挙句振り出しなのだから俺もハルヒもどうしようもなくなっている。 「なぁ、理由なんて言わないで『ごめんなさい』とかだけじゃあダメなのか?何か聞かれても『ごめんなさい』で通ると思うぞ?」 恋愛経験ない俺が口出すのもどうかと思ったが素人の意見も取り入れた方がいいかも知れないと思った俺はそういった。 以外にもこれはシンプルでいいと言う事になってその方針で話を進めていた。ハルヒも阪中も良く考えれば簡単なことなのに思いつかなかったのはきっと2人が生まれつき変わった人間だからだろう。 「じゃあキョンくんと涼宮さんにちょっと実演してほしいのね」 まあ俺はそんな事を言われるとは思わなかったんで驚愕の表情をしていたと思うね。ハルヒほどじゃあないが。 ハルヒは顔を真っ赤にして口をパクパクしている。お前は金魚か? 「いいわ、やりましょう!」 何を言っているハルヒ! ここにはすでに阪中とハルヒしか居ないとはいえ恥ずかしすぎる! 「あたしはフラれるのは嫌いだからあんたフラれる役ね!」 こうなったらハルヒはとまらない。ムダに逆らうと後が恐いし実演が困難になる。覚悟を決めるしかない。 「しょうがない。じゃあ言うぞ?」と俺は恥ずかしいので視線を落とす。 「ハルヒ、好きだ。付き合って欲しい」 ああ、何でこんなに恥ずかしいんだろう。思ったより全然恥ずかしかったな。それより返事はまだなのか? 視線を上げてハルヒを見ると顔を真っ赤にしている。俺は余計に恥ずかしくなってきた。 「涼宮さん、返事しないとダメなのね。返事が聞きたいのね」 ハルヒはハッと我に返って、 「いいわ! 付き合いましょう!」 とか言いやがった。俺が断らなければダメだろ、と言うと咄嗟にでちゃったなんて言い訳してる。 「涼宮さんにキョンくんをフるのはムリそうなのね。ウソでもフれないのね」 「そんなことないわよ! 中学時代にふった事ないから咄嗟に……」 やめろハルヒ! ごまかしてると思われるぞ、と言おうとしたが言えなかった。阪中の言葉に遮られたからだ。 「じゃあ今度は涼宮さんがキョンくんに告白してみてほしいのね」 ハルヒは俺の顔を見て、少し考えてから言った。 「いいわ! よく聞きなさいキョン! あたしはアンタが好きよ! 付き合いなさい!!」 俺はハルヒの勢いに少し焦って思わず、『廊下に響くぞ、他の人に聞かれたらどうする!』と思って廊下の方に目をやると、廊下側に座っている阪中という女の子の期待に満ちた表情で我に返った。 とりあえず任務を完了しなければ、と一呼吸置いた。そしてやはり視線を落として言った。 「すまんがハルヒ、俺はお前とは付き合えない」 「何でよ!」 「すまん…」 「団長命令よ!!」 「すまん…」 「あたしの事嫌いなの?」 俺は一瞬狼狽した。ハルヒの声が少し悲しそうで、演技には思えなく視線をあげた。そこには悲しい顔をしたハルヒがいた。だけど、阪中に目をやると未だに期待に満ちた表情をしていたのでハルヒは気にしないことにした。 「嫌いじゃあない。だけど、すまん。」 「じゃあ、なんでよ…」 ハルヒの声は消え入りそうだった。見ればほんのり涙目だ。ハルヒの表情は呆然としている。なんだか演技とはいえ、心が痛んだ。 「もういいだろう阪中。こんな感じでいいのか? というよりはこんな感じでいいんじゃないか?」 「ありがとうなのね。でも、涼宮さんの悲しそうな顔を見てたら何だか断れる自信なくなったのね。だから明日の朝手紙で断る事にするのね」 たしかに阪中の期待の表情が無ければ俺は断り切れなかっただろう。それほどハルヒの悲しそうな表情は切なげで、守ってやりたくなってしまった。 未だに呆然としているハルヒに目をやった。俺は、もう演技は終わったんだぞ、と言った。 「涼宮さんはキョンくんに演技でもそんなこと言われて、割り切ってるハズなのにショックだったのね。だから反対の事を言ってあげれば元にもどるのね」 そういい残して阪中はさっさと帰ってしまった。俺は、最初から手紙にすればいいのにとか、こんな状態のハルヒをおいて返るなんて、とかいろいろ阪中の批判を思い浮かべたが阪中は本当に困ってたんだろうという結論に着いた。 きっと阪中は手紙じゃあ失礼だと思ったのだろう。そして、今のハルヒには阪中はいないほうがいいと判断したんだろう。そう思うことにする それからハルヒは呆然として、俺はハルヒを置いていくわけにもいかずにハルヒの前の席に座ったまま過ごした。 そうしてハルヒが回復するまで待とうと思ったが、夕日が落ちてきた頃にはとりあえず家まで送ってやろうと決心した。 「ハルヒ、かえるぞ」 コクリとうなずき立ち上がるが、動こうとしない。俺はいつもと立場が逆だとは思いながらもハルヒの手を取って引っ張った。 俺はハルヒに何て言えばいいんだろうとか、そういえば今日のSOS団はどうなってるんだろうとか考えながらハルヒの家の近くまで送った。長門並みの無言が続いた。 ハルヒの家の近くまで来て、こんな状態でハルヒを家に帰していいのか考えた。頭の中で阪中のセリフが蘇る。 『涼宮さんはキョンくんに演技でもそんなこと言われて割り切ってるハズなのにショックだったのね。だから反対の事を言ってあげれば元にもどるのね』 どうしたらいいのか分からなかったのでとりあえずハルヒの家の近くの公園に連れて行く。ベンチに座らせ、俺も隣に座る。とりあえずあれは演技であることを強調しようと思う。うまく言えるかな。 「ハルヒ、そろそろちゃんと目を覚ませ!」 ハルヒは多少意識が回復したように見えた。今度はハルヒは悲しそうな表情を浮かべている。俺を見て、視線を落として、もう一度俺を見てから消えるような声で言った。 「キョンはわたしが嫌いなの?」 俺は戸惑った。そんな事を言われるとは想像もしていなかった。あれは演技だから気にするな、と言おうとしていたのに言えなかった。 いや、会話の流れを考えるなら十分普通のセリフだし、言わなければならないのだが何故か口にできない。 「ハルヒ、俺がハルヒの事の事を嫌いなわけがないじゃないか。いつも一緒にいて、そんな事もわからないのか?」 「でも、好きじゃないんでしょ? あたしはキョンにとってはその他大勢。あの球場の5万人の観衆と一緒。同じ場所にいるけど深く関わることはない。」 小学生の時の話か。どうしようか迷ってあることを決心した。告白だ。 「ハルヒ、一度しか言わないから良く聞け。俺はお前の事が好きなんだ。さっきの演技とは違って今度は俺の本心だ。」 「ウソよ!」 ハルヒは急に叫んだ。 「だってあたしはあんたに好きって言われたときは演技だってわかってても断れなかった。そのときに気付いた。あたしはアンタが好きって。 でもあんたはアッサリあたしをふったじゃない。気付いたのよ。キョンはあたしの事を好きではないって。本当に好きだったら言えないハズだって。」 返す言葉もない。古泉なら何て言うだろう。いや、変な言葉でも俺は自分の言葉で言わなければいけないんだろうなと考えた。 「もう一度だけ言うぞ? 俺はハルヒが好きなんだ。」 と言ってからさらに続けた。 「俺も心が痛んださ。でも、演技だってわかってたから堪えることができた。きっと俺はハルヒの事を好きだと自覚していた分だけ心の準備ができていたんだろう。 でも、それでも心が痛んだ。ハルヒの気持ちも痛いほどわかる。ハルヒが俺の事をどれだけ好きかも伝わった。… …だからハルヒ、お前がそれだけ好きになった人の言う事を信じてくれないか?」 ハルヒは無言でこっちを見た。でも何故だかさっきまでの焦燥感や不安感はなかった。気がつけばハルヒは俺の手を握っている。 「ありがと。キョンのいう事だから信じる。」 「そうかい。」 俺はやっとの事でぎこちない微笑みをハルヒに向けた。そっとハルヒの両頬に手のひらを当て、ハルヒの顔に近づいて目をつぶり、キスをした。 ゆっくりと、甘いキスをしながら両手をハルヒの背中において抱きしめた。 そしてゆっくりとハルヒを放してから見たハルヒの顔は学校帰りの顔とは違って嬉しそうな表情をしていた。その中には安堵の表情も読み取れた。 「帰ろう。ハルヒと過ごす時間はいっぱいあるんだからゆっくり楽しんでいこう。」 そういってハルヒを家の前まで送っていった。 翌日の朝になって阪中の事を思い出しうまくやったか気にもなったが俺にはハルヒの方が気になったので阪中には悪いが気にしない事にした。 そして、教室でハルヒを確認して軽い挨拶をして、じゃあ、あらためて今日からよろしく伝えた。 俺とハルヒの関係は誰にも言わない事にした。 しかし言わなくても誰もが気付いている。 そして、交際を始めてからもハルヒと俺はいつでもどこでも変わらない事に気付いた俺は、谷口とかの言う俺とハルヒの関係は昔から付き合っているようなものなんだなと気付いた。 俺はあれから毎日部活の後にハルヒを送っていき、あの公園で話して、最後にキスをして帰るという日課が追加された。 そのことに幸せを感じながら日々を送っていく。